忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 演奏が終わる。

 最後の音が消えても。

 亜美はしばらく鍵盤を見ていた。

「どう?」

「好きです」

「俺?」

「…………!」

 亜美が固まる。

 幸也の口元が緩んだ。

「……の曲です」

「そっか」

「もう……」

 亜美は俯いた。

 絶対。

 分かっていて聞いた。

 すると。

 幸也の手が伸びてくる。

 亜美の手を取った。

「…………」

 指先を軽く握られる。

「じゃあ」

「……?」

「俺は?」

「…………!」

 今度は。

 逃げられなかった。

 亜美は繋がれた手を見る。

「……好きです」

「聞こえない」

「絶対聞こえてます」

「もう一回」

「…………」

 顔が熱い。

 でも。

 幸也は待っている。

 亜美は小さく息を吸った。

「……幸也さんも、好きです」

「そっか」

 満足したように。

 幸也が亜美の手を一度だけ握った。

「俺も」

「…………」

 それだけ言って。

 何事もなかったみたいに鍵盤へ向き直る。

 亜美だけが。

 しばらく動けなかった。

「亜美ちゃん」

「……はい?」

「これ」

 幸也が一つの鍵盤を押した。

 澄んだ音が鳴る。

「覚えてる?」

「……?」

「最初に会ったときの曲」

「あ……」

 亜美の目が鍵盤へ向く。

「覚えてます」

「じゃあ、ここ」

 幸也が亜美の手を取った。

「…………!」

 指を一本。

 鍵盤の上へ置かれる。

 その上から。

 幸也の指が重なった。

「ここから」

 二人の指で鍵盤を押す。

 ひとつ。

 音が鳴った。

「…………」

「亜美ちゃん?」

「……音、全然入ってこないです」

「何で?」

「幸也さんのせいです」

「俺何かした?」

「してます……」

「何した?」

「…………」

 言えるわけがない。

 亜美は鍵盤だけを見る。

 自分も少しなら弾けることは。

 やっぱり言えなかった。

 幸也の前では。

 自分の音なんて、恥ずかしくて聞かせられない。

「…………」

 それよりも今は。

 重なっている手の方が気になって仕方がなかった。

 幸也は何でもない顔をしている。

 でも。

 その手は。

 まだ離れなかった。