忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 塾の仕事が終わったあと。

 亜美は丈と並んで歩いていた。

「先生」

「ん?」

「話したいことがあるの」

「うん」

「……幸也さんのこと」

「そっか」

 丈はそれ以上聞かなかった。

 亜美が話し始めるのを待っている。

「あのね」

「うん」

「幸也さんと、付き合うことになった」

 口にした瞬間。

 幸也の顔が浮かんだ。

 繋いだ手。

 額に触れた唇。

 別れ際、指先に落とされたキス。

『明日も会おうね』

 思い出すだけで、胸の奥がくすぐったくなる。

「この前、幸也さんから告白してくれて」

「うん」

「私も、付き合いたいって言った」

「そっか」

 丈が亜美を見る。

「よかったじゃん」

「……うん」

 亜美は小さく笑った。

「すごく嬉しい」

「そっか」

「うん」

 丈の声は、いつもと変わらない。

 そのことに安心して。

 亜美は続けた。

「それでね、先生」

「何?」

「相談したいことがあって」

「うん」

 今日。

 丈に聞きたかったこと。

「私……どうしたらいい?」

「何が?」

「先生とのこと」

 丈が亜美を見る。

「幸也さんと付き合ったから」

「うん」

「だから、その……」

 急に言いにくくなって。

 亜美は視線を落とした。

「今までみたいに、先生とキスしたりとか」

「うん」

「……そういうこと」

 その先は、言葉にできなかった。

 でも。

 丈には伝わっている。

「どうしたらいいのかなって」

「…………」

 丈は少しだけ考えた。

「しない方がいいんじゃない?」

「…………」

 亜美は顔を上げた。

「やっぱり?」

「幸也と付き合うんだろ?」

「うん」

「だったら、その方がいいでしょ」

「…………」

 そう言われて。

 亜美は幸也のことを思った。

 好きな人。

 ずっと好きだった人。

 今は。

 自分の恋人。

 幸也とちゃんと付き合いたい。

 だったら。

「……うん」

 亜美は頷いた。

「私も、そう思う」

「そっか」

「うん」

 キスも。

 その先も。

 もうしない。

 丈がそう言ってくれたことで。

 迷っていたものが、やっと決まった気がした。