忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「……何か、聞きました?」

 思わず聞いた。

「何かって?」

「…………」

「俺、何か聞くようなことある?」

「……ないです」

「じゃあ何?」

 答えられない。

 幸也が少し考える。

「告白のこと?」

「え?」

「振ったから、俺と会うの気まずくなった?」

「…………」

「それとも文化祭?」

「文化祭……?」

「来るって言ってたのに来なかったから、俺が怒ってると思ってるとか」

「…………」

「別に怒ってないよ」

 亜美は幸也を見つめた。

 告白。

 文化祭。

 幸也が思いつくのは、それだけ。

「……幸也さん」

「ん?」

「本当に、何も聞いてないんですか?」

「だから何を?」

「…………」

 そこで。

 ようやく分かった。

 知らない。

 幸也さんは。

 丈とのことを知らない。

 張り詰めていた身体から力が抜けた。

「……何でもないです」

「何それ」

「本当に、何でもないです」

 膝の上で握っていた手を緩める。

「亜美ちゃん?」

「はい」

「何か急に安心してない?」

「えっ」

「してるじゃん」

「してないです」

「へえ」

「……してないです」

 幸也が少し口元を緩める。

 亜美はようやく、その顔をまっすぐ見られた。

「でも」

 幸也が言った。

「避けられるのは嫌かな」

「…………」

「……嫌?」

「うん」

 思いがけない返事だった。

「部室にも来ないし」

「…………」

「見つけても逃げるし」

「逃げて……」

 否定しかけて、やめた。

 幸也の口元が少し緩む。

「逃げてるじゃん」

「……ごめんなさい」

「だから謝らなくていいって」

「…………」

「ただ」

 幸也が少し黙る。

「来なくなって、分かった」

「……何がですか?」

「亜美ちゃんいないと」

 そこで言葉が止まった。

「何か違う」

 亜美は幸也を見つめる。

 幸也が鍵盤へ視線を戻した。

「部室にいても」

 短く息を吐く。

「廊下歩いてても」

「…………」

「探してるし」

「私を……?」

「うん」

 あっさり返された一言に。

 亜美は何も言えなくなった。

 幸也さんが。

 私を探してた?

「だから」

 幸也が亜美を見る。

「もう避けないでよ」

「…………」

 幸也は何も知らなかった。

 嫌われてもいなかった。

 むしろ。

 いなくなった自分を探してくれていた。

「……はい」

 幸也が少し笑った。

「ほんと?」

「……頑張ります」

「頑張ること?」

「私には……」

「何それ」

 幸也が笑う。

 大きくじゃない。

 少しだけ。

 その顔につられて、亜美も笑った。

 幸也の前で笑えたのは。

 久しぶりだった。