忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 翌日。

 幸也は軽音サークルの部室にいた。

 誰もいない。

 窓から差し込む光が、鍵盤の上に落ちている。

「…………」

 幸也は鍵盤に手を置いた。

 一音。

 もう一音。

 何となく指を動かして。

 少ししてから気づいた。

「…………」

 この曲。

 亜美ちゃんと初めて会ったときに弾いた曲だ。

 大学見学に来ていた、高校生の亜美。

 演奏が終わったあと。

 緊張しながら話しかけてきた。

『あの……さっきの演奏』

 嬉しそうだった。

 少し話しかけるだけで赤くなって。

 音楽の話をすると、真剣に聞いていた。

「…………」

 あれから。

 何度も亜美は自分の演奏を聴きに来た。

 大学生になってからも。

 部室に来て。

 近くに座って。

 何も言わずに聴いていた。

 幸也は弾き続ける。

 でも。

 途中で指が止まった。

「…………」

 聴いてほしい。

 そう思った。

 この曲を。

 もう一度。

 亜美に。

「…………」

 幸也は鍵盤から手を離した。

 スマートフォンを取り出す。

 亜美との画面を開いた。

 文字を打つ。

『今日、部室来る?』

「…………」

 見つめて。

 消した。

 もう一度。

『亜美ちゃん、今日暇?』

 これも消す。

「何やってんだろ」

 少し笑った。

 こんなことで迷うなんて。

 今までなら。

 会いたければ会えばいい。

 話したければ話せばいい。

 相手が離れていくなら。

 追わなければいい。

 ずっと。

 そうだった。

「…………」

 でも。

 亜美は。

 それじゃ嫌だった。

 このまま離れていくのは。

 嫌だ。

 幸也は画面を見る。

 そして。

 今度は消さなかった。

『亜美ちゃん、明日時間ある?』

 送信する。

「…………」

 まだ既読はつかない。

 幸也はスマートフォンを机に置いた。

 鍵盤を見る。

 さっき弾いていた曲。

 初めて会った日に。

 亜美が聴いていた曲。

「…………」

 また。

 聴いてほしい。

 今度は。

 亜美に聴かせたいと思って弾きたい。

 幸也は静かに鍵盤へ触れた。

 離れていくなら。

 今度は。

 自分から近づけばいい。