忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 考え事をしながら歩いていた亜美は、ふと足を止めた。

「…………」

 顔を上げる。

 廊下の先に、見慣れた扉があった。

「……え」

 軽音サークルの部室。

 いつの間に。

 こんなところまで来たんだろう。

 ここへ来るつもりなんてなかった。

 ただ歩いていただけなのに。

「…………」

 扉を見つめる。

 この向こうに、幸也がいるかもしれない。

 そう思った瞬間、胸が大きく鳴った。

「……っ」

 だめ。

 亜美は慌てて踵を返した。

 早くここから離れないと。

「亜美ちゃん?」

「…………!」

 心臓が跳ねた。

 逃げようとした足が止まる。

 廊下の向こうから、幸也が歩いてきた。

「…………」

 会いたかった。

 ずっと避けていたのに。

 声を聞いただけで、胸が苦しいほど鳴っている。

 でも今は、それ以上に怖かった。

「久しぶり」

「……はい」

 幸也が少し口元を緩める。

「何、その返事」

「え……」

「久しぶりって言っただけじゃん」

「…………」

「部室来た?」

「……いえ」

「そっか」

 亜美は俯いた。

「文化祭」

「…………」

 身体が強張る。

「ステージ、来なかったね」

「……っ」

 責めるような声ではなかった。

 いつもの幸也。

 それなのに、息が詰まりそうになる。

「ごめんなさい……」

「別に怒ってないよ」

「…………」

「忙しかった?」

 亜美は唇を結んだ。

 忙しかったわけじゃない。

 群司に告白されて。

 丈とのことを問い詰められて。

 キスされて。

 怖くなって。

 また丈のところへ行った。

 丈と話しているうちに、忘れていた。

「……はい」

 嘘をついた。

「そっか」

「…………」

 幸也はそれ以上聞かなかった。

 本当に知らない?

 それとも。

 知っていて何も言わないだけ?

「亜美ちゃん」

「はい」

「大丈夫?」

「……大丈夫です」

「ほんと?」

「はい」

 返事が早くなった。

 幸也の眉が少し動く。

「何か変じゃない?」

「変じゃないです」

「…………」

 亜美は鞄を握り直した。

「私、行かないと」

「どこ?」

「サークル」

「そっか」

「じゃあ……」

 頭を下げ、幸也の横を通り過ぎる。

 足が速くなった。

「亜美ちゃん」

「…………!」

 呼ばれても振り返れない。

「またね」

「……はい」

 今度は立ち止まらず、そのまま歩いた。