忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

今は考えるな。

 群司は深く息を吐き、胸の奥へ押し込める。

 そのとき。

 風が吹いた。

 亜美の黒髪が、肩から流れる。

「…………」

 群司の目が止まった。

 首筋。

 赤い跡。

「…………!」

 押し込めたはずのものが、一気にせり上がった。

『……して』

『いつもの』

『今は、先生がいい』

「……っ」

「群司?」

 亜美が何も知らずに自分を見る。

 好きな人がいる。

 それは丈なのかもしれない。

 だったら昨日のことも、この跡も。

 そういうことなのかもしれない。

 それなのに。

 嫌だった。

 丈が亜美に触れたことが。

 あんな亜美を丈だけが知っていることが。

「…………」

 やめろ。

 思い出すな。

 そう思うほど、あの声が蘇る。

「……群司?」

 また名前を呼ばれ、胸が強く鳴った。

「どうしたの?」

 亜美が一歩近づく。

 昨日の亜美と目の前の亜美が重なった。

「…………」

 群司は息を呑む。

「群司?」

「……何」

「さっきから変だよ」

「…………」

「やっぱり、私が――」

「違う……」

 思ったより強い声が出た。

 亜美の肩がわずかに揺れる。

「…………」

 何が違う。

 自分でも、何を言っているのかもう分からなかった。

 群司の視線が、また首筋へ向かう。

 今は黒髪に隠れている。

 それでも、そこにあると知っている。

 丈が残したものが。

「…………」

 何で。

 何で丈なんだ。

『いつもの』

「……っ」

 あの言葉が引っかかる。

 いつもの。

 いつもって何だよ。

 知りたい。

 丈は何なんだ。

 自分の知らない亜美を、あいつはどこまで知っている。

「……群司?」

 亜美がまた近づく。

 近づくな。

 そう思った。

 これ以上、今の自分に。

 でも離れてほしいとは思えなかった。

「…………」

 目の前には、ずっと好きだった亜美がいる。

 胸の奥に収めていた気持ちが、もう抑えられなくなっていた。