忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 その頃。

 別の教室では、いくつもの机がくっつけられていた。

「群司、それ一個くれよ」

「やだ」

「即答かよ」

「自分で買ってこいって」

「一口だけ」

「お前の一口でかいんだよ」

「ケチ!」

「うるせえ」

 笑い声が上がる。

 その中心にいるのが、群司だった。

 誰かが話せば拾う。

 くだらない冗談を言えば笑う。

 別の友人が教室の前を通れば、

「お、今日部活?」

 と自然に声をかける。

 群司自身が意識しているわけではない。

 気づけば周りに人が集まっている。

 そんなタイプだった。

「そういや群司、昨日の――」

「あ、ちょっと待って」

 群司が立ち上がる。

「どこ行くん?」

「先生にプリント持ってけって言われてたの忘れてた」

「優等生じゃん」

「違う。じゃんけんで負けた」

「だっさ」

「うるせえ」

 笑いながら教室を出る。

 用事を済ませて戻る途中。

 ふと。

 屋上へ続く階段が目に入った。

 別に行くつもりはなかった。

 けれど。

 少しだけ開いた扉の向こう。

 風に揺れる黒髪が見えた。

「……あ」

 群司の足が止まる。

 一人の女子が座っていた。

 イヤホンをつけている。

 膝の上には、食べかけのパン。

 空を見ながら。

 何かを聴いている。

 ――あの子。

 知っている。

 話したことはない。

 同じクラスでもない。

 それでも、名前は知っていた。

 亜美。

 同じ学年で、少し目立つ女の子。

 綺麗だから。

 というのもある。

 でも。

 群司が気になったのは、そこだけではなかった。

 ――また一人なんだ。

 前にも見た。

 たまたま屋上の近くを通ったとき。

 同じように、一人で音楽を聴いていた。

 教室でも。

 廊下でも。

 亜美が誰かと騒いでいるところを、群司は見たことがない。

「…………」

 何聴いてるんだろ。

 ふと、そう思った。

 けれど。

 声をかけようとは思わなかった。

 話したこともない相手だ。

 わざわざ屋上まで入っていって、

 何聴いてるの?

 なんて聞くのも変だ。

「群司ー!」

 下から声がする。

「早く戻ってこいって!」

「あー、今行く!」

 群司はいつもの明るい声で返した。

 そして。

 もう一度だけ亜美を見る。

 亜美は気づかない。

 イヤホンの向こう側。

 一人きりの世界にいる。

 群司は扉を開けなかった。

 そのまま階段を下りていった。