忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「まだやってる」

 職員室から戻ってきた丈は、思わず呟いた。

 もうすぐ閉校時間だった。

 自習室に残っている生徒も数えるほどしかいない。

 窓際には、やはりあの少女がいる。

 今度は問題を解いているわけではなかった。

 頬杖をついて、ぼんやりとノートを見ている。

 集中しているようには見えない。

 丈は少し迷ってから、自習室へ入った。

 講師なのだから、声をかけても不自然ではない。

「そこ、分からない?」

 少女の肩が小さく跳ねた。

 顔が上がる。

「あ……」

 近くで見ると、やはり綺麗な顔をしていた。

 派手ではない。

 化粧もほとんどしていないように見える。

 けれど整った顔立ちと長い黒髪のせいか、制服姿なのにどこか大人っぽい。

「ずっと同じページ見てたから」

 丈がノートを指差すと、少女は自分の手元を見る。

 そして数秒黙ったあと、

「……ほんとだ」

 と呟いた。

「気づいてなかったの?」

「考え事してました」

「勉強以外の?」

「はい」

 素直すぎる答えに、丈は笑った。

「自習室で堂々と言うことじゃないだろ」

「あ」

 少女は目を丸くする。

「そうですね」

 今さら気づいたらしい。

 見た目の印象と随分違う。

 もっと落ち着いていて、隙のない子なのだと思っていた。

 けれど実際に話してみると、反応が少し遅い。

「先生、笑いました?」

「ちょっとだけ」

「ひどい」

「ごめんごめん」

 そう言いながらも丈はまだ笑っていた。

 少女は少しだけ不満そうに唇を尖らせたが、すぐに自分でもおかしくなったのか、小さく笑った。

 その顔を見て、丈は少し驚く。

 普段見かける彼女は、もっと静かな印象だった。

「ところで」

 丈は少女のノートを見る。

「本当に分からないところはない?」

「あります」

「あるんだ」

「ここ」

 差し出されたノートを見る。

「これは――」

 丈は空いている隣の椅子を引いた。

 解き方を説明する。

 少女は黙って聞いていた。

 真剣な顔で何度も頷くので理解したのかと思ったが、途中で丈は気づいた。

「……分かってないだろ」

「分かってます」

「じゃあ、この式どうしてこうなる?」

「…………」

「ほら」

「途中までは分かってました」

「どこまで?」

 少女は丈が最初に書いた式を指差した。

「ここ」

「ほぼ最初じゃん」

「だから途中です」

「それを途中って言うの、だいぶ強引だな」

 少女がまた笑う。

 丈も笑った。

 不思議な子だった。

 大人びた外見に反して、妙なところで抜けている。

 もう一度、今度は説明を細かく区切る。

「ここまでは?」

「分かります」

「じゃあ次」

「分かります」

「これは?」

「……ちょっと待ってください」

「はい」

「あ、分かった」

「じゃあ説明してみて」

「え」

「自分で説明できたら理解してる証拠」

「先生、厳しいですね」

「普通です」

 しばらく考えたあと、少女がたどたどしく説明を始める。

 少し間違える。

 丈が訂正する。

 もう一度説明する。

 今度は合っていた。

「正解」

「やった」

 小さく笑う。

 それだけだった。

 けれど丈は、なぜかその笑顔をしばらく見ていた。

「……先生?」

「ん?」

「もう一個聞いていいですか?」

「ああ。いいよ」