今はそれ以上、触れない方がいい。
「そっか」
幸也は、それだけ答えた。
「じゃあ、帰ります」
「うん」
「明日」
「ん?」
「ステージ」
亜美は少しだけ、ちゃんと笑った。
「絶対見に行きます」
「…………」
幸也の表情が少しだけ緩む。
「言ってたな」
「はい」
「結構人いると思うよ」
「行きます」
「そっか」
「楽しみにしてるので」
「じゃあ、ちゃんと弾かないとな」
「いつもちゃんと弾いてください」
「弾いてるって」
「本当に?」
「亜美ちゃん、俺のこと何だと思ってんの?」
「……幸也先輩」
「何それ」
幸也の口元が少しだけ緩んだ。
亜美も笑った。
いつもみたいに。
話せた。
「…………」
大丈夫。
できる。
今まで通り。
幸也先輩は、幸也先輩。
私は、あの音を聴きに来る。
それだけ。
「じゃあ、また明日」
「はい」
亜美は扉へ向かう。
一歩。
二歩。
あと少しで部屋を出る。
「亜美ちゃん」
「…………」
足が止まった。
振り返る。
「何ですか?」
「…………」
幸也は少しだけ言葉に迷った。
「気をつけて帰れよ」
それだけだった。
「……はい」
亜美は笑った。
「幸也先輩も」
「俺、まだ帰らないけど」
「じゃあ、帰るときに」
「何それ」
幸也の口元が少しだけ緩む。
「分かった」
「はい」
「じゃあな、亜美ちゃん」
「…………」
胸が鳴った。
振られたのに。
名前を呼ばれただけで、まだこんなにも嬉しい。
「……また明日」
「うん」
今度こそ、亜美は部屋を出た。


