忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「私」

 亜美は。

 ゆっくり言葉を探す。

「あの日、ここに来て」

「うん」

「幸也先輩が弾いてるのを聴いて」

「…………」

「すごく綺麗だと思って」

 あの日の音が。

 今でも。

 耳の奥に残っている。

 繊細で。

 時々。

 荒々しくて。

 少しだけ寂しい。

「もっと聴きたいって思いました」

「言ってたじゃん」

「……覚えてるんですか?」

「だから、覚えてるって」

 幸也の口元が。

 少しだけ緩む。

「終わったらすぐ、『もっと聴きたかった』って」

「…………」

 言葉にすると。

 あの日のことが。

 鮮明に蘇る。

「そうでした」

「うん」

「それで」

 亜美は。

 また幸也を見る。

「音大のことも」

「…………」

「教えてくれて」

 幸也の表情が。

 ほんの少しだけ変わる。

「私だけが知ってる秘密って」

「……ああ」

「言ってくれました」

「言ったな」

「嬉しかったです」

「…………」

「すごく」

 あの日。

 特別だと言われたわけではなかった。

 ただ。

 偶然。

 そこにいただけ。

 それでも。

 自分だけ。

 そう思えたことが。

 嬉しかった。

「帰ってからも」

 亜美は続ける。

「ずっと、幸也先輩のこと考えてました」

「…………」

「あの音も」

「…………」

「幸也先輩の名前も」

 声が。

 少しずつ。

 小さくなる。

「もう一回会いたいって思って」

「…………」

「また、あの音を聴きたいって」

「…………」

 幸也が。

 何も言わなくなった。

 さっきまで。

 普通に返ってきていた言葉が。

 なくなった。

「それで」

 亜美は。

 ぎゅっと。

 指を握った。

「誠星大学に来たいって思いました」

「…………」

「幸也先輩に」

 亜美の声が。

 震える。

「また会いたかったから」

「…………」

 幸也は。

 黙って。

 亜美を見ていた。

 いつもの。

 少し余裕のある笑みは。

 もうない。