忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 午後。

 準備に必要なものを取りに行った帰り。

 群司は一人で大学内を歩いていた。

 文化祭前日ということもあって。

 普段は静かな場所にも。

 学生の姿がある。

 誰かが段ボールを運んでいたり。

 廊下の隅で看板を作っていたり。

 明日を待つ空気が。

 大学中に広がっている。

「…………」

 群司はスマートフォンで時間を確認した。

 そろそろ戻らないと。

 また何か頼まれるかもしれない。

 そう思って。

 歩く速度を少し上げたときだった。

 廊下の先。

 一室の扉が開いた。

「じゃあ先輩、そういうことで」

 一人の男が出てきた。

 群司は。

 特に気に留めることもなく。

 そのまま通り過ぎようとした。

 すると。

「直充くん」

 女性の声がした。

「…………」

 群司の足が。

 少しだけ遅くなった。

 直充。

 どこかで聞いた名前。

 すぐに。

 思い出した。

 亜美の兄。

 軽音サークルにいる。

 確か。

 名前は――直充。

「……え」

 群司は。

 さりげなく振り返った。

 先ほど部屋から出てきた男が。

 女性の前で足を止めている。

「先生」

「今、少しいい?」

「大丈夫です」

 どうやら。

 女性は大学の先生らしい。

「…………」

 群司は。

 男を見る。

 直充。

 亜美の兄貴と。

 同じ名前。

 ――もしかして。

 あの人が。

 亜美の兄貴?

「…………」

 初めて。

 意識して見る。

 亜美とは。

 あまり似ていない気がする。

 でも。

 兄妹なんて。

 そんなものかもしれない。

 じろじろ見るのも変だ。

 群司は前を向こうとして。

 ふと。

 直充が出てきた部屋へ目を向けた。

「…………」

 足が。

 止まった。

 開いた扉の向こう。

 二人の男がいた。

 一人は。

 赤みのある髪。

 幸也。

 軽音サークルの先輩。

 学内では結構有名で。

 女性から人気があることも。

 最近よく耳にする。

 けれど。

 群司の視線が止まったのは。

 幸也ではなかった。

 その隣。

「…………」

 胸の奥が。

 ざわついた。

 あいつ。

 亜美と一緒にいた男。

 自分の知らない顔で。

 亜美を笑わせていた男。

「…………」

 何で。

 ここにいる?

 大学の一室。

 幸也と一緒にいる。

 ――ここの学生?

 そう思ったとき。

「丈」

 幸也の声が聞こえた。

「これ、お前のじゃない?」

「ああ、俺の」

「置いてくなよ」

「忘れてた」

「明日も忘れ物すんじゃねえぞ」

「しないって」

「怪しいな」

「幸也に言われたくない」

 軽い会話。

 群司は。

 その中の一つだけを。

 拾った。

 丈。

「…………」

 もう一度。

 男を見る。

 ――丈。