忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 しばらくして。

 演奏が止まった。

 でも。

 亜美は部室へ入らなかった。

「最後、もう一回合わせた方がよくない?」

「俺もそこ気になった」

「じゃあ明日そこからやる?」

「そうしよ」

 中から声が聞こえる。

 文化祭の話。

 演奏の話。

 時々。

 笑い声。

「…………」

 亜美は廊下で待っていた。

 スマートフォンを取り出して。

 時間を見る。

 またしまう。

 急いでいるわけではない。

 疲れてはいる。

 お腹も少し空いた。

 それでも。

 帰ろうとは思わなかった。

 せっかく。

 会えたから。

 少しだけでも。

 幸也と話したかった。

 やがて。

 部室の中で椅子を動かす音がした。

「じゃ、お疲れ」

「お疲れー」

「また明日」

 声が近づいてくる。

 亜美は壁から背中を離した。

 扉が開く。

 学生たちが出てきた。

「あれ?」

 一人が亜美を見る。

 亜美は軽く頭を下げる。

「お疲れさまです」

「お疲れー」

 何人かがそのまま廊下を歩いていく。

 最後の一人が出ていって。

 部室の中が静かになった。

「…………」

 急に。

 緊張した。

 さっきまでは。

 ただ待っていただけなのに。

 幸也と二人になる。

 そう思っただけで。

 胸が落ち着かない。

 そして。

 部室から。

 幸也が顔を出した。

 目が合う。

「…………」

 幸也は少しだけ笑った。

「まだいた」

「……待ってました」

「ずっと?」

「はい」

「入ってくればよかったのに」

「練習中だったから」

「別に邪魔じゃないけど」

「でも、話してたし」

「真面目だなあ」

「普通です」

「そう?」

 幸也が笑う。

 亜美は少しだけ唇を尖らせた。

 すると。

「ていうか」

「?」

「途中から見えなくなったから、帰ったのかと思った」

「…………」

 亜美の目が。

 少しだけ大きくなる。

「……見てたんですか?」

「見てたっていうか、いたから」

「…………」

「目、合っただろ」

「……合いました」

「俺、笑ったじゃん」

「…………」

 やっぱり。

 勘違いじゃなかった。

 あの笑顔は。

 ちゃんと。

 自分に向けられたものだった。

 そう分かった途端。

 胸の奥が。

 また小さく跳ねた。