忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 部室が近づく。

 まだ扉も見えていないのに。

 音が聞こえた。

「……あ」

 亜美の足が止まる。

 いくつもの音が重なっている。

 ギター。

 ベース。

 ドラム。

 そして。

 キーボード。

「…………」

 すぐに分かった。

 幸也だ。

 胸が。

 ふわっと軽くなる。

 亜美は音に引かれるように、部室へ近づいた。

 扉が少しだけ開いている。

 中から聞こえてくる音が。

 さっきより大きくなる。

「…………」

 覗いても。

 いいのかな。

 少し迷って。

 亜美はそっと、中を見た。

 幸也がいた。

 キーボードの前。

 何人かの学生と一緒に演奏している。

「…………」

 いつもとは違った。

 一人で弾いているときの幸也とは。

 全然違う。

 周りの音を聞いて。

 タイミングを合わせて。

 鍵盤の上を指が走る。

 時々。

 他のメンバーを見る。

 目が合えば笑う。

 そのまま。

 また鍵盤へ視線を戻す。

「…………」

 格好いい。

 素直に。

 そう思った。

 何度も。

 幸也が弾くところは見ている。

 でも。

 こんな幸也は知らなかった。

 楽しそうに。

 誰かと一緒に音を作っている。

 もし。

 文化祭で。

 これをステージの上で見られたら。

「…………」

 見たい。

 その気持ちが。

 さっきより、ずっと強くなる。

 そのとき。

 ふと。

 幸也が顔を上げた。

「…………」

 目が合った。

 亜美の心臓が跳ねる。

 ――気づいた。

 幸也の目が。

 確かに自分を見ている。

 そして。

 ふっ、と。

 笑った。

「…………っ」

 ほんの一瞬。

 それだけだった。

 声をかけるわけでもない。

 演奏を止めるわけでもない。

 すぐに。

 幸也の視線は鍵盤へ戻った。

 なのに。

 亜美だけが。

 そこに取り残されたように動けなくなった。

 胸が。

 どくどく鳴っている。

 今の。

 私に笑った?

 分かっている。

 目が合ったのだから。

 そうなのだろう。

 それなのに。

 確認したくなる。

 頬が。

 少し熱い。

「…………」

 もう一度。

 中を見たい。

 でも。

 また目が合ったら。

 今度はもっと恥ずかしい気がした。

 亜美はそっと扉から離れた。

 廊下の壁際に立つ。

 中からは。

 まだ演奏が聞こえている。

 邪魔をしたくない。

 練習が終わるまで。

 ここで待とう。

「…………」

 壁に背中を預ける。

 幸也の姿は。

 もう見えない。

 それでも。

 音は聞こえる。

 亜美は静かに耳を澄ませた。

 あの音も。

 やっぱり好きだった。