忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「うま!」

 光成が麺をすすりながら言う。

「やっぱラーメンだな!」

「光成、さっき何でもいいって言ってたよ」

「結果うまいんだからいいだろ!」

「俺が決めた」

「はいはい。鉄のおかげです」

「うん」

「そこは謙遜しろよ!」

 いつも通り。

 二人はずっと喋っている。

 群司も時々返事をする。

 でも。

 気を抜くと、すぐに浮かぶ。

 知らない男。

 その隣で笑っていた亜美。

「群司?」

「え?」

「聞いてた?」

 光成が箸を止める。

「聞いてました」

「じゃあ俺、今何て言った?」

「…………」

「聞いてないじゃん!」

「疲れてる?」

 鉄が聞いた。

「まあ……」

「今日いっぱい踊ったもんね」

「はい」

「じゃあいっぱい食べた方がいいよ」

「鉄、群司のお母さんみたいになってるぞ」

「そう?」

「そうだって!」

 群司は少し笑った。

 それから、水を飲む。

 疲れている。

 嘘ではない。

 でも。

 さっきから頭に浮かんでいるのは、練習のことじゃなかった。

「…………」

 誰なんだよ。

 考えても分かるはずがない。

 群司は箸を置いた。

「あの」

「ん?」

 光成が顔を上げる。

 鉄も群司を見る。

「…………」

「何だよ?」

「亜美、好きな人いますよね」

 光成と鉄が顔を見合わせた。

「いるだろうなあ」

「いると思うよ」

 鉄も頷く。

「…………」

「何? 今さら気づいた?」

「いや。分かってましたけど」

「じゃあ何だよ?」

「…………」

 群司はテーブルを見る。

「俺、どうしたらいいんすかね」

「告ればいいじゃん!」

「…………」

「光成、早いよ」

「だって好きなんだろ?」

「……そうですけど」

「じゃあ言えばいいって!」

「好きな人いるのに?」

「いるからって、群司が好きになっちゃ駄目なわけじゃないだろ?」

「それは……」

「亜美ちゃん」

 鉄が静かに言った。

「群司が好きなこと、知らないよね」

「…………」

 群司は黙った。

 知らない。

 言ったことがない。

 高校の頃からずっと一緒にいたのに。

 一度も。

「言わなかったら、分かんないと思うよ」

「…………」

「鉄、それ普通に刺さるって」

 光成が言う。

「そう?」

「そうだろ」

「でも、本当だよ」

「……分かってます」

 群司は小さく息を吐いた。

「でも……」

「うん?」

「亜美が好きなの、俺じゃないですよ」

 口にすると。

 思っていたより苦しかった。

 誰なのかは知らない。

 それでも。

 自分ではない。

 それだけは分かる。

「だから?」

 光成が言った。

「…………」

「好きな人いるから諦めんの?」

「いや……」

「じゃあいいじゃん!」

「簡単に言いますね」

「簡単じゃない?」

「簡単じゃないっすよ」

「そっか!」

「軽いな……」

 鉄が言った。

「鉄!?」

「だって今のは軽かったよ」

「お前どっちの味方だよ!」

「二人とも」

「ずるい!」

 鉄が少し笑う。

 群司も、ほんの少しだけ笑った。

「じゃあさ」

 光成が身を乗り出す。

「二人きりになればいいじゃん!」

「は?」

「群司と亜美ちゃん。二人でちゃんと話すの」

「普通に二人で話すことありますよ」

「そういうのじゃなくてさ」

 光成がさらに身を乗り出す。

「誰にも邪魔されないとこで、二人きり!」

「何でですか」

「何でって、そっちの方がいいだろ!」

「何が」

「恋が!」

「雑すぎません?」

「じゃあ……」

 鉄が少し考える。

「文化祭は?」

「文化祭?」

「ステージのあとなら、二人にできるかも」

 光成の顔がぱっと明るくなる。

「鉄、それいいじゃん!」

「うん。俺たちもいるし」

「よし、それでいこう!」

「勝手に決めないでください」

「大丈夫だって! 俺らが何とかするから!」

「何する気ですか」

「それはまだ分かんない!」

「一番駄目じゃないすか」

「でも、二人にはできると思うよ」

 鉄が言った。

「鉄先輩まで……」

「嫌?」

「…………」

 群司は黙った。

 嫌。

 ではない。

 むしろ。

 文化祭。

 ステージのあと。

 亜美と二人きり。

 そう考えただけで、心臓が少し速くなった。

「嫌じゃないんじゃん!」

 光成が笑う。

「うるさいっす」

「じゃあ決まり!」

「だから勝手に決めないでくださいって」

「俺らに任せろ!」

「不安しかない」

「大丈夫だよ」

 鉄が言う。

「鉄先輩が言うなら……」

「おい! 俺の信用は!?」

「ないっす」

「群司!」

 鉄が笑う。

 群司も少しだけ笑った。

 でも。

 胸の奥には、まださっきの亜美がいる。

 知らない男の隣で。

 楽しそうに笑っていた亜美。

 文化祭の日。

 二人きりになって。

 何を言うのかなんて。

 まだ分からなかった。