忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「先生」

「ん?」

「聞きたいことがあります」

 別の日。

 塾の授業を終えた亜美が、帰る準備をしながら言った。

「勉強?」

「違います」

「じゃあ何?」

 亜美は少し迷う。

「……好きって、どうやったら分かるんですか?」

 丈の手が止まった。

「何それ」

「分からないから聞いてるの」

「誰か好きなの?」

「それが分からないんです」

 亜美は真剣だった。

「会いたいって思ったら、好き?」

「場合によるんじゃない?」

「声を思い出すのは?」

「人による」

「また話したいって思うのは?」

「それも人による」

「先生、全然役に立たない」

「恋愛に公式なんかないから」

「難しい」

「数学みたいに答え出ないよ」

「数学より難しい」

「それは大変だ」

 丈が笑う。

 けれど亜美は笑わなかった。

 自分の胸の中にあるものを、一つずつ確かめるように話す。

「また会いたいんです」

「……うん」

「ピアノも、また聴きたい」

「うん」

「もっと話したいし」

「うん」

「もっと知りたい」

 丈は黙って聞いていた。

「それで……」

 亜美は少しだけ俯く。

「名前呼ばれたの、何回も思い出す」

「…………」

「変ですか?」

「別に」

「じゃあ、これって何?」

 亜美が顔を上げた。

 いつものように。

 分からないことの答えを、丈に求める目。

 勉強でも。

 学校でも。

 人間関係でも。

 亜美は何か分からなくなると、丈のところへ持ってくる。

 そして今。

 初めて知った恋まで、丈のところへ持ってきた。

「先生」

「ん?」

「私……幸也先輩のこと、好きなのかな」

 その名前を聞いた瞬間。

 胸の奥が、わずかに痛んだ。

 小さな棘が刺さったような。

 理由の分からない不快感。

 丈はそれを表情には出さなかった。

「どうだろうね」

「先生にも分からない?」

「それは俺が決めることじゃないから」

「じゃあ誰が決めるの?」

「亜美」

「私?」

「自分の気持ちなんだから」

「……分からない」

「今すぐ決めなくていいだろ」

「そういうもの?」

「そういうもの」

 亜美は少し考えてから、頷いた。

「じゃあ考えます」

「そうしな」

 その日は、それで終わった。

 けれど。

 数日後。

 亜美は答えを持ってきた。