忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 音が止まった。

「…………」

 亜美は我に返った。

 帰らなきゃ。

 そう思って一歩下がる。

「何してんの?」

「……っ」

 心臓が跳ねた。

 顔を上げる。

「…………幸也さん」

 いつの間にか。

 幸也がこちらを見ていた。

「久しぶり」

「……お久しぶりです」

「やっぱ亜美ちゃんだ」

「…………」

 覚えていた。

 名前まで。

 それだけで嬉しくなってしまう自分が。

 少し恥ずかしい。

「入学したんだ?」

「はい」

「誠星?」

「はい」

「そっか」

 幸也が笑う。

「おめでとう」

「あ……ありがとうございます」

 胸が。

 また騒がしくなる。

「直充から聞いてなかったな」

「兄は……たぶん、そういうことあんまり話さないので」

「確かに」

 幸也が笑った。

 その笑い方も。

 覚えている。

「で?」

「え?」

「何してたの?」

「…………」

 答えられない。

 聴いていました。

 それだけなのに。

 どうしてこんなに言いづらいんだろう。

「兄に用事?」

「違います」

「軽音入りたいとか?」

「違います」

「じゃあ何?」

「…………」

 幸也が少し首を傾ける。

 亜美は視線を落とした。

「聴いてました」

「俺の?」

「…………はい」

 言ってしまった。

 頬が熱くなる。

「へえ」

 幸也は少し意外そうな顔をした。

「音楽すきなの?」

「好きです」

 今度は。

 すぐに答えられた。

「クラシックとか?」

「……はい」

「珍しいね」

「そうですか?」

「大学生で、わざわざここまで聴きに来る子はあんまいない」

「…………」

 わざわざ。

 その言葉に。

 見透かされたような気がした。

「高校のときも聴いてたよね」

「…………覚えてるんですか」

「覚えてるよ」

 簡単に。

 幸也は言った。

 亜美にとっては。

 ずっと忘れられなかったこと。

 幸也にとっては。

 どうだったんだろう。

 分からない。

 でも。

 覚えていてくれた。

 それだけで。

 今は十分だった。