忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 帰り道。

 直充が今日見た大学の話をしていた。

 学部のこと。

 授業のこと。

 受験のこと。

「どうだった?」

「何が?」

「誠星大学」

「楽しかった」

「来たいと思った?」

 亜美はすぐには答えなかった。

 今日一日で見た景色を思い出す。

 広いキャンパス。

 知らない学生たち。

 高校より少し自由に見えた場所。

 ここなら、今とは違う自分になれるかもしれない。

 そんな漠然とした期待。

 そして最後に浮かんだのは――

 鍵盤の上を動く、長い指だった。

「……うん」

「結構気に入った?」

「うん」

 亜美は窓の外を見る。

 頭の中では、さっき聴いたキーボードが何度も流れていた。

 いつも聴いている曲とは違う。

 曲名さえ知らない。

 なのに忘れられない。

 音だけではなかった。

 笑った顔。

 少し寂しそうに見えた横顔。

『今日から君だけが知ってる秘密な』

 思い出した途端、胸の奥がむず痒くなる。

「また来たい」

「オープンキャンパスならまたあるぞ」

「そうじゃなくて」

「ん?」

 言ってから、自分でも驚いた。

 何が「そうじゃない」のだろう。

 大学へ来たいのではないなら。

 自分は何のために、またここへ来たいと思ったのだろう。

「……何でもない」

 亜美は小さく首を振った。

 まだ分からなかった。

 胸が鳴った理由も。

 どうしてあの部室を出るのが惜しかったのかも。

 どうして帰り道になっても、あの人の名前を何度も思い出してしまうのかも。