テーブルの上に並べられているのはミートパイにサラダにバボイモのポタージュ。おまけに夕日色の果実水が入ったボトルも一緒に置いてある。
 サディアスによって手際よく彩られたテーブルを見て、絶句してしまった。

「さあさあ、座って。ティナはミートパイを食べるの初めてでしょ? だから張り切って作っちゃったわ」
「え、これ、サディアスが作ったの?」
「ええ、サディアス様お手製なんだからありがたく召し上がりなさい」

 サディアスの部屋から次々と運び込まれてきた料理たちは香りはもちろん盛りつけまで美味しそうで完璧の出来栄えだ。それはもう、レストランで出されていてもおかしくないほどで。

「なんでサディアスが料理できるの?」
「あら、アタシが騎士団にいた時のことを忘れちゃったのぉ? 下積み時代は遠征先で料理当番とかしていたから自然と覚えたのよ」

 そう、サディアスはもともと、神殿の護衛騎士ではなかった。ここ、オルキデア王国の王国騎士団から異動してきたのだ。

     ◇

 私がサディアスと出会ったのは、冬の魔物退治の遠征で騎士団に同行した時。
 あの時はまだ王国騎士団に所属していたサディアスは漆黒の騎士服を着ていて、そしてその眼差しは、冷たく鋭かった。

 剣のように研ぎ澄まされた空気を纏うサディアスは、上手く言葉で言い表せないほど、綺麗だった。

 王国騎士団は国内の治安を守ったり他国の侵攻から国民を守るため、先鋭の騎士が集められている。その中でもサディアスは剣の腕を買われて次代の団長候補とも噂されていたこともあり、名前だけは知っていた。

 そんな彼が、任務の間だけ私の護衛をしてくれるということで、遠征の出発前に挨拶に来てくれたのだ。

「聖女様、わたくしはこの度の任務であなたの護衛をするサディアス・ハルフォードです」

 そう言って胸に手を当て粛々と礼をとるサディアスの所作は美しく、さらりと揺れる髪のひと房の軌跡にさえも見惚れた。
 サディアスはそのまま紳士の作法に則り私の手の甲に口づけて、おまけに「風邪をひかないように」と言って自分の上着をかけてくれたのだ。

 かくして何も知らなかった私は、完全に落ちてしまった。

 サディアスがあんまりにも、王子様みたいな空気を醸し出していたから、のぼせそうになってしまった。その昔、孤児院の書庫で読んだおとぎ話に出てくる王子様みたいだったから。
 
 この時初めて私は、胸のときめきを知った。
 しかし現実は決して甘くなく、その数秒後、サディアスがオネエだということが判明する。

「アタシ、男にしか興味ないの。わかった?」

 その一言によって、初恋はあっけなく崩れ去った。
    
     ◇

「そぉ言えば、初めて会った時のティナはブルブル震えていていたわね」

 どうやらサディアスも昔のことを思い出していたようで、ミートパイをつつきつつポソリと呟きを零す。

「あの時は寒い地方に行くのが初めてだったから、体が慣れなくて」
「なるほどねぇ。確かにあの時、寒いからティナはスープを飲んでばっかりだったわね」
「サディアスに無理やり肉を食べさせられそうになったの覚えてる」
「だって、ティナったらガリッガリで今にも倒れそうだったもの。太らせなきゃって使命感に駆られていたのよ」
 
 サディアスはナイフとフォークをお皿の上に置くと頬杖をつき、私の顔をじっと見つめてくる。
 つられて私も、サディアスをまじまじと見てしまう。
 白皙の肌にかかる夜空色の髪は今日も手入れが行き届いていてつやつやで、片側だけ耳にかけられている。そのため露になった顎から首筋にかけての輪郭には、それなりに男性らしい逞しさがある。
 そして、ちょっと視線を上げると、金色の瞳が静謐な光を湛えて私を捕らえている。初めて会った時の鋭さはもうない。優しく見守ってくれている眼差しだ。

「ガリッガリで、青白い顔していて、だけど吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠色の目をしている女の子を、放っておけなかったのよ」
「……ふぅん」
「だってその子、寒さでブルブル震えてるくせに恐ろしい魔物の前では全然震えてなくて、団長が止めるのも構わずに前に出て戦うんだもの。だから目が離せなかったわ」
「……へぇ。だから、サディアスは――」

 言いかけた言葉を、ミートパイと一緒に飲み込む。

「あら、アタシが何かしら?」
「ううん。何でもない」

 本当は、こう言いたかった。

 だからサディアスは、私を護るために神殿つきの騎士になったのか、と。

 けれどその答えを聞くのが怖くて、問いかけはバボイモのポタージュと一緒に体の奥に流し込んだ。