時間が経つにつれて、サディアスに抱きついたまま大泣きしてしまったのが恥ずかしくなってしまう。
 俯いて足先を見つめる私に、サディアスは他愛もない話を聞かせてくれて気まずさを取り払おうとしてくれた。

「走って喉が渇いただろ。何か飲もう」

 何が飲みたいかと聞かれても思い浮かばず、顔を上げて周りにある屋台を眺めてみると、夕日色の果実水を売っているお店を見つけた。

「ねぇ、サディアス。あの果実水を飲もう?」
「わかった。買ってくる」

 私が屋台を指させば、ごくごく自然に懐から財布を取り出そうとするサディアス。
 買おうとしてくれているのだとわかって、その手を止める。

「ダメ。私に奢らせて」
「ティナ?」
「前にフローレスに来た時、サディアスが買ってきてくれた果実水がすごく美味しくて忘れられなかったから、あの時のサディアスにお礼がしたいの」

 サディアスは目を瞬かせて、ややあって柔らかく微笑んだ。

「覚えてくれていたんだな」

 そう呟く声が弾んでいるものだから、嬉しくなって口元を歪めた。
 私にとって忘れられない大切な思い出を、サディアスも覚えてくれているのだ。

 果実水を二つ買い、サディアスと並んでベンチに腰掛ける。
 ごくりと飲んだ果実水はすっきりとした甘さで、それでいて、あの日と同じように胸の中を満たすような心地がする。
 あの日、美味しいと思えた理由はきっと味だけではなくて、サディアスが私のために買って来てくれた優しさが心に染みわたったからだと思う。

「えへへ。やっぱりこの果実水、美味しいね」

 もしこの先サディアスとお別れをしてしまったら、私はこの感覚を一生味わうことはできないのだろう。
 この果実水を見る度に、サディアスが隣に居ない喪失感に苦しめられる未来が視えてしまった。
 サディアスが私に与える影響は大きくて、もはや自分の一部のように感じているものだから、失うのが怖くて怖くて仕方がない。

 離れたくない。
 毎日一緒に食事を摂り、他愛のない言葉を掛け合いたい。

 今まで当たり前だったことを、これからも当たり前にすることができたら、どんなにいいだろうか。

 本当はこのまま一緒に居たい。「もっと」じゃ足りなくて、「ずっと」。一生、傍にいて欲しい。
 離れたくないけれど、どうしたら身分が違う私がサディアスに迷惑をかけずに一緒に居られるのかわからない。私とサディアスでは身分が違い過ぎるから。

「それに色が綺麗で、とても好き」

 笑顔を貼り付けてサディアスに顔を向けると、サディアスは眉根を寄せていて。
 私の頬に手を伸ばし、指先でそっと撫でる。

「俺に隠し事するなんざ百万年早いんだよ。辛いことがあるなら全部俺に話せ。一つ残さず全て、俺が始末するから」
「……っ」

 サディアスは何もかもお見通しのようで、金色の瞳に見つめられると胸の内を見透かされてしまっているように思える。
 私がサディアスに対して抱いているこの想いも、ひょっとすると気づいているのかもしれない。

 伝えるとしたら、今を逃してはいけない気がした。
 観念した私は、深呼吸一つしてカバンの中にある贈り物を取り出した。
 サディアスの掌にそれを押し付けて、金色の瞳を見つめ返す。

「フェリシアの祭日の贈り物を、サディアスにあげる。サディアスに加護があるようにたくさん祈りを込めたよ」

 ゆっくりとサディアスの手が動いて、両手で掬い上げるようにして房飾りを持ち上げる。まるで聖遺物に触れるかのごとく厳かな動きだ。

「サディアスのことが好き」 
「……ティナ、俺は――」

 か細く紡ぎ出されたサディアスの声を妨げるように、ドンッと大きな音が辺りに響いた。その刹那、空が明るく照らされて、色とりどりの光が舞い散る。

「花火?」
「ああ、見事な花火だ。まったく、これを一緒に見てからティナに渡そうと思っていたのによ」

 ドンッと続けて打ちあがる花火の光がサディアスの顔を照らす。
 不機嫌そうな、照れくさそうな、複雑な表情をしたサディアスが光に彩られて、私の視界を占める。

「俺もティナにフェリシアの祭日の贈り物を渡したい」

 サディアスの手がゆっくりと降りてきて、私の手を掴む。ひやりと冷たい温度が指に触れて、微かな重みをもたらした。