街に出ると、どこもかしこも人で溢れていて賑わっている。
 他所の領地から来た観光客たちもいるため、いつもと比べ物にならないくらい人が多いのだ。

「人が多いな。手を離すなよ」
「ぎゃっ!」

 急に手を繋がれたのに驚いて手を引いてしまったのだけれど、サディアスの手は離れずについてくる。

 長い指が絡められた感触や剣を握ってきた掌の硬さに、直に伝わる体温。
 それらが一気に感覚を支配してしまい、心臓が跳ねた。
 ぴくっと手が強張ったのをサディアスには知られてしまったことだろう。

「ティナはどこに行きたい?」

 何か言われると思ったのだけれどそうでもなく、サディアスは平然とした表情で私の顔を覗き込んでくる。
 どうやら私が気にし過ぎてしまっているようだ。

 ホッと胸を撫でおろして、サディアスの手を引いた。

「祭りの屋台を見に行こう」
「そうだな。ティナはいつも遊戯の屋台をチラチラと見ていたもんな。念願の屋台デビューだ」
「……見ていたの?」
「ずっとティナのことを見ているから」

 サディアスは金色の瞳を優しく眇めた。
 その瞳がずっと、片時も離れず、誰よりも近くで私のことを見守ってくれていたのを知っている。

 この瞳がこれからはシャーロットを見つめることになるんだと思うと、喉の奥に鉛がつっかえたような心地がした。 
 後ろ向きな気持ちが押し寄せてきそうなのを笑顔で取り繕う。
 
「サディアスも一緒にやろ?」
「最初に言っておくけど、手加減はしねぇぞ?」

 それから私たちは屋台の遊戯を見て回り、競ったり応援し合ったりして楽しんだ。
 めいっぱい遊んだ後はカフェに立ち寄って休憩をしてから野外演劇を観に行く。

 途中でお忍びで見物していたエレイン様たちと出会ったのだけれど、サディアスが急に手を引いて走り出したものだから話すことはできなかった。

「エレイン様にあんな態度を取っちゃダメでしょ!」
「こちとらせっかくのデートを邪魔されたくないんだよ――ほら、踊るぞ」
「うわっ!」

 街角では演奏家たちが奏でる音楽に合わせて何組もの恋人たちがダンスを踊っていて。
 踊りなんてしたこともないのにそこに加わってしまった。
 軽快な調べに合わせてステップを踏み、サディアスに近づいたり離れたりを繰り返す。その間も手はしっかりと繋いでいて、体を離せば緩やかに引き寄せられる。
 
「……初めてのダンスはどう?」
「サディアスのおかげでなんとか踊れたと思う」
「ティナはとても上手だったよ」

 体を引き寄せられたまま至近距離で褒められるといつも以上に照れくさい。
 小さな声で「ありがとう」と言うと、サディアスはゆっくりと体を離した。そのまま手まで離れてしまいそうな気がして、繋ぐ手に自然と力が入った。

     ◇

 私たちは川沿いに移動して橋の欄干に寄りかかり、眼下を流れるボートを眺める。
 ちょうど今は大広場にある野外演劇の会場でフェリシアの祭日に合わせた演目が披露されているようで、この辺りはあまり人気がない。

「疲れてないか?」
「全然。サディアスは?」
「騎士はこれしきで疲れねぇよ」 

 びゅうっと風が吹いて橋に取り付けられた花飾りから花びらを攫っていく。
 釣られて空を見上げれば日が傾いていて、時間があっという間に過ぎていったのを思い知らされた。

 ゆっくりと、だけど確実に、今日と言う日が終わろうとしている。
 ならばそろそろ、私はサディアスに伝えなければならない。
 お別れを切り出すのはまだ早いような気がする一方で、夜の闇の中で顔がよく見えないまま言うのも忍びないから。

「サディアス、あのね――」

 覚悟の時だ。
 今ここでサディアスにプレゼントを渡して、そして私の気持ちを伝えよう。

 決心して鞄の蓋に手をかけたその時、息を切らせて走ってくるジェフリーが見えて、私の手は止まった。

「サディアス、ここにいたのか。見つかってよかったよ」

 安堵した表情を見せるジェフリーに対してサディアスは冷ややかで、微かだが舌打ちする音が聞こえてきた。
 ジェフリーに対して手厳しい気がする。

「なんだよ、せっかくのデートを邪魔するな」
「あのなぁ。言伝を伝えに来たのにその言い方はないだろ」

 肩を竦めて見せたジェフリーが、急に神妙な顔つきになる。

「エレイン様たちが王都に戻られるようだ。騎士団長がサディアスを呼んでいるから挨拶しに行け」
「……」

 途端にサディアスが黙ってしまい、どことなく気まずい空気が流れる。

「一緒に行こう、サディアス。私もエレイン様に挨拶したいから」
「悪いけど、ティナはここに残ってくれ。ティナが行くとエレイン様とシャーロットが離れたがらないから」

 苦笑して頬を掻くジェフリーを見ていると、先日カフェでお茶をした後の二人を思い出してしまう。
 お店から出た後、エレイン様とシャーロットは「まだまだ話したい!」と言って私に引っ付き、何度もサディアスに剝がされていたのだ。
 
 エレイン様たちに挨拶をしたいのはやまやまだが、護衛している騎士団のみんなに苦労をかけてしまうのはよくない。
 仕方がないから私は、ここでみんなの無事を祈ろう。

「サディアス、早く行け。王族を待たせるな」
「……わかった」

 ジェフリーに急かされて、サディアスの手がゆっくりと離れていく。
 ずっと触れていた熱が離れていくと、大きな喪失感が押し寄せてきた。