「せっかくのお心遣いですが、私は爵位を受けとれません」
「なぜですの?」

 今にも泣き出しそうな顔のエレイン様を見ると、本当に申し訳なくなる。
 
「この街で新しい生活を見つけたので、平民のままでいたいんです」

 それは言い訳にも等しい理由。
 本当は、私以外の誰かが聖女をしているのを見て惨めな気持ちになるのが嫌だからであって。

 決して口にはできない醜い理由を隠すために、エレイン様と国王陛下の温情を無下にしてしまった。

「初めは少しの間だけこの街に少しだけいようと思っていたんですけど、街の人たちと触れ合う内にこの街で生きていきたいと思うようになったんです。なので、王都には戻れません」

 そっと視線を動かしてサディアスの顔を見ると、サディアスもまた私を見つめていて。
 金色の瞳は相変わらず強い光を宿していて美しい。

「これからはアビーさんの弟子として、魔女の修行をするんです」

 自分に言い聞かせるように、それと同時に、サディアスに宣言するように理由を話して。

 王都に帰る道を自ら塞いだ。

     ◇

 それから私たちはお茶をしながら話をした。
 エレイン様とシャーロットが王都の話を聞かせてくれて、王都で過ごした日々を思い出しながら、耳を傾けた。

 やがて夕日が沈み始め、私たちはカフェを出る。
 エレイン様たちはジェフリーに泊めてもらうため、ブラックウェル邸へと向かった。

 私とサディアスはと言うと、今は集合住宅に帰っているところだ。

「本当に、王都に帰らなくていいのか?」
「うん。だって、フローレスには私を必要としてくれる人たちがいるから」
「……」

 隣を歩いていたサディアスが足を止めた。
 同時に私の手を掴んだものだから、私も釣られて立ち止まることになった。

 いつになく真剣な眼差しのサディアスが、私を見つめている。

「そ、それに、私は働いていないと落ち着かないみたいだから、ここで街の人たちのために働きたいの」
「ティナ、本当は祭りの時に言おうと思っていたんだけど――うわっ?!」
「サディアス?!」

 ドンッとぶつかる音がして、目の前のサディアスが微かによろめいた。
 サディアスのすぐ近くでは青年が倒れており、どうやらこの子がぶつかったようだ。

 幸いにもサディアスには怪我がなかったようで、青年に「大丈夫か?」と声をかけて助け起こした。
 
「怪我はないか?」
「だ、大丈夫です。よそ見していて……すみません」

 青年の顔色は悪く、震えている。
 相手が見るからに貴族らしい服装をしているサディアスであるから、怪我をさせてしまった時のことを考えて怯えているに違いない。

「ああ、気をつけろよ」

 サディアスはそう言って青年の肩を叩く。
 息を詰めていた青年の表情が、ふっと緩んだのが見て取れた。

 すると私たちの元に一組の夫婦が現れた。
 状況を察したのか、二人とも慌てて頭を下げる。

「うちの息子がご迷惑をおかけしてすみません!」

 一人は栗色の髪の男性で、逞しい体躯が騎士を彷彿とさせる。
 女性の方は薄紅色の髪を持っていて。
 彼女の髪を見た途端、胸騒ぎがした。

 薄紅色の髪。
 中年くらいの女性で、私と年が近い息子がいるとなると、アビーさんの元にいた弟子の特徴と共通しているものがある。

「あの……」
 
 知るのは怖いのに、知りたくないのに、口をついて言葉が出てくる。

「フェリシアさん、ですか?」
「え、ええ。そうですけど」
「もしかして、《魔女の隠れ家》でアビーさんの弟子をしていましたか?」

 するとフェリシアさんは眉尻を下げた。
 照れくさそうな、それでいてバツが悪そうな顔をして。

「はい。また弟子にしてもらうためにこの街に帰ってきました」

 その返事を聞いて、心臓がひときわ大きく脈を打った。
 
 フェリシアさんは喧嘩別れしたアビーさんのことをずっと気にかけていて、夫に相談して、一家でフローレスに越して来たところらしい。

「ちょうど今から《魔女の隠れ家》に行くところなんです」

 アビーさんがずっと会いたがっていた人。
 私が代わりになろうとしていた人。

 本物が現れたら、私はどうなるのだろうか?

 私はただ黙って、フェリシアさんたちを見送った。