「おいガキども! 今すぐティナから離れろ!」

 息せき切って現れたサディアスが背後から私を抱きしめる。
 いくら公爵家の令息でも王女様をガキ呼ばわりしたら不敬罪で捕まりそうだけれど、周りにいる騎士様は皆見慣れた様子で、誰もサディアスを咎めようとしない。

 私自身もこの光景は見慣れていて、これまでにサディアスとエレイン様が喧嘩しているところを何度も見てきたし、エレイン様が毎日会いに来てくれていた頃は日常茶飯事と言っても過言じゃないほど二人の言い争いは絶えない。

 だけどエレイン様の婚約が決まってからは嫁入りの準備が忙しくなってたまにしか会えなくなってしまったから、寂しく思っていた。

 エレイン様の嫁ぎ先は外国の王族だ。
 結婚すればもう会うことはないだろう。

「んまぁっ! ハルフォード卿はいつから口汚くなったのですの? そんな粗野な態度のままティナお姉様に触れないでくださるかしら?」

 エレイン様の言葉に合わせて、金色の髪の少女がもぞりと頭を動かした。
 さっきまで顔を埋めていたからわからなかったけれど、少女の肌は陶器のように白く、瞳の色は淡い空色でお人形のように愛らしい顔立ちで。
 
 こちらの少女の顔もまた、一度見たら忘れるはずがない。
 この子はシャーロット――新しい聖女だ。

 シャーロットもまたサディアスをキッと睨みつけている。
 まるで親の敵に向けるような眼差しで、「エレイン様の言う通りです!」と合いの手を入れた。

「見損ないましたよ、ハルフォード卿。《紅薔薇の聖女》ティナ様を片時も離れず護る高潔な騎士だと思っていましたのに、本当はオネエのフリをしてティナ様に近づいて独占したのですね。それのみならず、エレイン様が外国の王子と結婚するよう裏で手をまわしてティナ様から遠ざけていたと聞きましたよ!」

 耳を疑いたくなる言葉が色々と聞こえてくるのだけれど、あまりにも情報量が多くてついていけない。

 えっと……私が《紅薔薇の聖女》?
 そんな大層な通り名がつけられていたの?
 サディアスがエレイン様の結婚を画策していたって、公爵家の人間とは言えそんなことできるのか?

 頭の上にいくつも疑問符が浮かび上がる。

「おまけに、私兵を使って私たちの動向を監視して邪魔するなんて酷いです! 私は憧れのティナ様に会える日を楽しみにしていましたのに!」

 シャーロットの話によると、エレイン様はサディアスの邪魔が入ると見越していたのだとか。
 そのため、ジェフリーには敢えてフェリシアの祭日の初日にここに来ると伝えていらしい。
 だけどいざフローレスに着くとサディアスとその私兵たちが現れ、お忍びで観光しようとしていたエレイン様たちの邪魔をしていたそうだ。

 ……話の内容が物騒になってきた。

 私兵を動かすだなんて、あんまりにもお貴族様らしい話で壮大過ぎて呆気に取られてしまう。

 サディアスとエレイン様とシャーロットの三人は盛り上がっているけれど、私はまだまだ会話についていけず彼らを止められなくて。
 騎士団の皆に助けを求めるように視線を投げかけても、苦笑するだけで誰も間に割って入ろうとしない。
 ドラゴンを相手にしても動じない団長さんでさえも、目の前でぎゃいぎゃいと騒ぐ三人組を見て困り顔になっている始末だ。

 茫然としていると不意に、エレイン様が私の手を両手で包み込んだ。

「ティナお姉様が急に神殿から出て行ったから、私も騎士の皆様も寂しかったのですよ」
「……え? でも、騎士団が次の聖女に代わって欲しいと言ったから私は出ていくことになったのに」

 神殿長から聞かされた時のことを思い出すと、胸の奥に鉛が沈んだような心地になる。
 私はあの時に見限られてしまっていると言うのに、今更寂しがることなんてないはずだ。

 そう、彼らの中に私の居場所なんて無いのだから。
 改めてその事実を突きつけられたような気がして、涙が出そうになり鼻の奥がツンとする。

「騎士たちも神殿長も口下手ですからティナお姉様を誤解させてしまったのでしょう。私、そう思って誤解を解きに来ましたの」

 エレイン様はそう言って、柔らかに微笑んだのだけれど。
 
「そうやってティナを懐柔させて自分の侍女にするつもりだろ?」

 サディアスが悪態とともに吐き捨てた言葉のせいで、エレイン様の眉間と鼻筋に皺が寄ってしまった。