「アビーさん、この子たちをお店で売ってもらえませんか?」

 籠いっぱいに入れた手作りのぬいぐるみたちを差し出すと、アビーさんは即答で「いいわよ」と許可してくれた。

「可愛らしいし、呪いから守ってくれそうな見た目だもの。うちの店に並べるのにピッタリよ。特にこのスライムのぬいぐるみとか」
「それ、猫です」
「えっ? ああ。そう、可愛い猫ね。こっちのバジリスクのぬいぐるみも愛嬌があって可愛いわ」
「それ、兎です」

 アビーさんは兎のぬいぐるみをじっと見つめると、籠の中にそっと戻した。

「そうそう、可愛い兎ね。私ったら昨晩徹夜で惚れ薬を作っていたから寝ぼけてるようだわ。そうだ、この子たちには呪詛返しのおまじないをかけてあげましょ。魔法付与している商品はよく売れるのよ」

 そう言って、「おほほほほ」と笑いながら人差し指をぬいぐるみに向けて呪文を唱える。指先から星屑のような光が零れ落ちてぬいぐるみたちに降り注いだ。
 光が消えてしまうと商品棚に並べ、手書きの値札を添えてくれた。

「さ、開店するわよ。今日も忙しくなるから張り切っていきましょう」

 扉にかけてある札をひっくり返せば《魔女の隠れ家》での一日が今日も始まる。

     ◇

 フェリシアの祭日がもうすぐということもあり、駆け込みで贈り物を買いに来る客が多いため連日仕事に追われている。
 今日の午前中も雪崩のように客が来て、私もアビーさんも大忙しだった。

 プレゼントを包んだり商品を置くから出して補充したりと大忙しだったけれど、お店の品物があっという間に売れてくれるのは見ていて気持ちがいい。
 おまけに今朝置いてもらったぬいぐるみも売れてくれて上機嫌になる。

 この事をサディアスに自慢したいのだけれど――いつもは扉の外に立っているはずのサディアスが、今日は居ない。
 大切な用事があるらしく、朝から会っていないのだ。

 いつも見えていた背中が見えないと何だか落ち着かなくて心の中に靄のような物が広がっていく。
 幸いにも手を止める暇がないほど忙しいおかげで、それ以上は何も考えずに済んだ。

「二人ともお疲れさん。お昼にしましょ」
「女将さん、ありがとうございます!」

 お昼になってまた看板を裏返す頃には大衆食堂の女将さんが差し入れを持って来てくれて、三人で昼食を摂ることになった。
 繁忙期になるといつも大衆食堂の女将さんがこうしてお昼を持って来てくれるらしい。

 アビーさんが魔法で店内にテーブルと椅子を出してくれて、私と大衆食堂の女将さんとでテーブルの上にご馳走を並べる。

 本日のご馳走は野菜を詰め込んでこんがりと焼いた鶏肉や豆と果物とハムを和えたサラダに、チーズを練り込んだパンや卵料理を挟んだ四角いパン、それに食後のデザートでサポルという名前の果物。
 
 サポルは白くて甘い果物で、口の中にいれるとホロホロと崩れて不思議な触感だけどとても美味しい。
 サディアスはこの果物を食べたことがあるのだろうかと、そんな疑問が思い浮かんで窓の外を眺めてしまったけれど――サディアスの姿はそこにない。

「今日はやけに店が静かだと思ったら、あのオネエがいないのね」

 アビーさんの声で我に返り、視線を窓から外してサポルを口の中に放り込む。
 先ほどまで美味しいと思っていたその果物が、今はなぜだか味気ない。もぐもぐと咀嚼して飲み込んで、紅茶で胃の中に流し込んだ。

「サディアスは用事があるみたいなんです」
「あら、そうなの。意外と忙しいのね」

 用事のことは昨夜の夕食の時にサディアスから聞いたのだけれど、それがどんな内容であるのかまでは教えてくれなかった。
 真剣な表情で切り出してきたから、よほど重要な用事なのだろう。
 そう思って探りを入れなかったのだが、サディアスとはこれまでほとんどのことを共有してきただけに、不安の影が心に落ちた。

 ぽつぽつとサポルを食べる私を、アビーさんの榛色の瞳が覗き込む。どきりとして手に持っているフォークを落としそうになった。

「ティナ、あのオネエと何かあった?」
「えっ? 何も無いですよ?」
「それならいいのだけれど、アイツの話をしてから元気が無いわよ?」 

 わかりやすく「寂しい」と顔に書いてあったのだろうか。
 言い当てられてしまった気まずさと、この気持ちを知られてしまった恥ずかしさででいたたまれない。
 
「き、気のせいです。でも、心配してくださってありがとうございます」
「ふふ、弟子を見守るのも師匠の務めだもの」

 すると、アビーさんが閃きが舞い降りたような表情を浮かべる。両手をパンッと合わせると、ずいと顔を近づけてきた。

「ねぇ、フェリシアの祭日が終わったら一緒に森に行きましょう? そろそろティナに薬草のことを教えたいし、いつもアイツが独り占めしているからたまには私とデートさせて欲しいのよ」
「ぜひ行きたいです!」
「そうと決まれば準備しないとね。必要な道具は私が揃えておくわ」
「ありがとうございます! とっても楽しみです!」

 薬草のことを教えてもらえれば、今よりもっとアビーさんの役に立てるだろう。できることが増えるのは嬉しいし、アビーさんと出かけるのが楽しみだ。

 思いがけないお誘いが嬉しくて、ふわふわとした気持ちのままお昼の片づけをしていると、店の前に人だかりができているのに気がついた。

「あら、午後の営業が待ちきれなくて並んでいるのかしら?」

 アビーさんと顔を見合わせていると扉が開き、小さな人影が猛烈な勢いで店内に突っ込んできた。
 旅装束であろう焦げ茶色の質素なローブのフードが外れると、美しい銀色の髪がふわりと肩にかかる。
 王族の証である銀色の髪。その髪を靡かせ妹のように私のことを慕ってくれていた少女の顔を、忘れるはずがない。

 この国の第一王女、エレイン様だ。

「エレイン様?!」

 エレイン様は私の顔を見ると、青みを帯びた銀色の瞳に涙を浮かべる。

「私のティナお姉様っ! ようやく見つけましたわっ!」

 たんっと地面を蹴る音が聞こえ、気づけばエレイン様は私の腰に抱きつき泣いている。そして反対側にはもう一人、金色の髪をさらりと靡かせている少女もまた私に抱きついていて。
 顔を上げれば、かつて一緒に魔物退治に出ていた騎士団の皆様が店の外から遠巻きにこの様子を眺めている。

 どうして彼らが王都ではなくフローレスにいるのだろうか?
 それに、この金色の髪の少女は誰なの?

 状況について行けずに困惑している中、窓の外からサディアスが「待ちやがれ! クソガキども!」と大声で叫んでいるのが聞こえてきた。