「ティ~ナ~?」

 扉の外からサディアスの声がして、手に持っている作りかけの房飾りを慌てて戸棚にしまい込んで隠した。
 迂闊だった。サディアスとの夕食が終わったからもう訪ねてこないだろうと思っていただけに、不意打ちを喰らった状態だ。

 もうすぐで訪れるフェリシアの祭日に合わせてサディアスへの贈り物を少しずつ作っているのだけれど、いかんせん贈る相手であるサディアスが頻繁に部屋を尋ねるものだから作業の進み具合は恐ろしく遅い。

 フェリシアの祭日までには完成させたくて焦っている今日この頃だ。
 
「なっ、何か用?」

 扉を開けると、サディアスは金色の瞳をとろりと細めて嬉しそうだ。私は愛想も可愛げもない返事をしたというのに、どうしてそんな顔をするのやら。

「今日は日差しが強かったから肌の手入れ(メンテナンス)をしに来た」
「自分でするからいらない。帰って」
「そう言ってサボるつもりだろ?」

 金色の瞳が鋭い光を宿し、思わず肩が跳ねる。付き合いが長いだけあって、サディアスには見抜かれてしまっているのだ。下手な誤魔化しは通用しない。
 言葉に詰まる一瞬の隙を狙って部屋の中に入られてしまい、溜息をついた。油断も隙もあったもんじゃない。

     ◇

 結局私はサディアスに肌のお手入れをしてもらうことになり、向かい合わせの椅子に座って、ふにふにと頬を触られている。

「今から目の周りに塗るから動くなよ」

 サディアスの手が私の顎を掬い、もう片方の手が顔の上に乗せたクリームを広げていく。
 高級品であろうそのクリームからは微かに花の香りがする。チラッと横目で見た容器は美術品のように綺麗だったから、お値段を聞いてみたいが知らない方がいいのかもしれないと思ってしまう。

「おい、目の下に隈ができてるぞ。ちゃんと眠れているのか?」

 おまけに先ほどからずっとこの調子だ。顔のあちこちにペタペタと触れては、「肌がボロボロ」だの「前より頬が痩せてしまってる」だの、いちいち小言が多い。
 サディアスは私の事なんて、手のかかる子どもと思っていないのだから仕方がないのだけれど。

「うるさいな。寝てるってば」
「本当か? 今日からティナが寝るまで見張るぞ」
「子ども扱いしないでよ」

 睨めつけてもサディアスは目が合えば、ふわりと微笑むだけで。
 そんな表情を見せられるとなぜか胸の奥がそわそわと疼いてしまい、慌てて顔を背けた。

「さっきまで何をしていたんだ?」
「べっ、別に。本を読んでいただけ」

 サディアスへの贈り物を作っていただなんて素直に答えられなくてお茶を濁す。
 言うのは気恥ずかしいし、言えばきっと「何にするのか教えろ」とうるさいはず。そうと分かっていて答えられるはずがない。

「ふーん?」

 疑っているような不服そうな声音が耳元に落ちる。恐らく、サディアスはどちらの感情も抱いているようだ。
 その証拠に、両手で私の頬を包み込んで自分の方を向かせると、じいっと覗き込んでくる。私に白状させようとするときの常套手段だ。

 気まずい雰囲気に焦ってしまい、とりあえず話題を変えることにした。 

「あのさ、フェリシアの祭日は一緒にお祭りに行こ?」

 フェリシアの祭日中は王国各地でお祭りが開催される。その中でもこの街、フローレスの賑わいようは有名で、街中に屋台が並び夜になっても人々は眠らずお祭りに興じるらしい。

 これまで聖女とその護衛騎士だった私たちは祭りに参加することなんてできなくて、「いつかは行ってみたいね」なんて話していたものだ。

「最高に嬉しい……」

 サディアスは柄にもなく小さな声で呟くと私を抱きしめた。
 腕の中で感じる、とくとくと早く打つ鼓動はどちらのものであるのかわからない。

「始めからティナと一緒に祭りを見物するつもりだったけど、まさかティナに誘ってもらえるとは思わなかったからさ」

 そのまま私の手が持ち上げられて、指先はサディアスの口元へと寄せられる。指先に落ちた唇の感触に息を止めてサディアスを見守った。

「祭りの日は朝から付き合ってもらうからな? ティナに可愛い服を着せて、いつもとは違う化粧して、髪はどうしようかな――」

 上機嫌のサディアスは私の顔が真っ赤になっているのも気に留めず、私の髪を散々いじって当日の髪形候補を決めるとようやく帰ってくれた。
 サディアスが去ってからも指先にはサディアスの唇が触れた感覚が残り、あの時サディアスが見せた甘い眼差しを思い出してはボッと頭が茹りそうなほど熱くなる。

 祭りに誘っただけであんなに喜んでくれるのは嬉しいけれど――。

「房飾りも、喜んでくれるかなぁ」

 掌の中にある作りかけの房飾りを見ると、途端に熱が下がっていく。これはきっと、最後の贈り物になるだろう。

 お祭りの時にこれを渡して、ちゃんと言おう。

 私はもう一人で生きていけるから、守ってくれなくてもいいんだと。
 チクリと胸を刺す痛みに意識を向けないように、私は手を動かした。