ティナを送り届けて部屋に帰った時にはもう、限界だった。扉を閉めればすぐに、堪えていた気持ちが解放されて口から零れ落ちる。

「やっぱりティナのこと、好きだな」

 とうにわかり切っていることを呟けば、自然と頬が弛む。
 溢れ出る気持ちをどうにか逃がすために、ずっと昔にティナから贈られた不格好なぬいぐるみにキスをした。

 ティナは、俺がどんなに変わろうと、これまで通りに接してくれる。
 初めて会った日もそうだった。からかうつもりで男とオネエを使い分けて接してみたけど、ティナは他の人間とは違って軽蔑することも引くこともなく俺と向き合ってくれて。

 ティナに惹かれるきっかけは、その裏表がない心に触れたことだった。

 いじっぱりで、強がりで、甘えるのが下手で、お人好しで――いじらしい。
 一週間ほど一緒に行動しただけだというのに、俺はすっかり、これまでに知り得なかった甘い感情を覚えてしまったのだ。

 この不器用な人の隣に居たい。
 この手で守りたい。
 ――とてつもなく、「愛おしい」と思ってしまう。

 ティナと出会った冬の魔物退治が終わってからというもの、ティナを求める気持ちが胸の中を占めてしまい、護衛騎士になるべく行動に移した。

「この先も、ティナの隣に居るのは……ティナを護るのは俺だけだ」

 誰にもティナを譲らない。
 ティナの隣に居るのは、これまでもこれからも俺だけでいい。だから今までティナを狙って近寄ってくる輩たちは全員、裏で処理してきた。

 ティナは全く気づいていなかったけど、ティナはどんどん綺麗になっていくから、どこに行ってもティナの姿を目で追う輩がいるのが気にかかっていたのだ。

 そうしていつの間にか、《茨の騎士》と呼ばれるようになった。

 花を護る棘の例えと捉えるなら聞こえはいいが、実際は「花に近づけば容赦なく攻撃してくる生きた凶器」と揶揄されている。つまり、化け物だと言われているわけで。

「どう言われようと、ティナを奪われないならそれでいい」 

 通り名のおかげで迂闊に近づく輩が減ってティナと一緒にいる時間が増えた。
 ティナがこれまでに出会ってきた誰よりも長い時間をティナと一緒に居ると自負している。

 そして、ティナは誰よりも俺のことを信頼してくれているとも、思っている。

 野外演劇を観に行くのをいいことにティナを着飾った時だって、ティナは俺のことをすっかり信用して目を閉じて、じっとしていた。

 あの時、密かに顔を近づけてみたけどティナは全く気づいていなかった。
 よもや目の前の男が自分を襲おうとしているだなんて思ってもみなかったのだろう。

「嬉しいけれど、無防備すぎて不安になるな」

 ティナは無意識に俺の心を強く揺り動かす。
 無意識だからこそ厄介で、惹かれるままにティナを捕らえたくなるのだ。

 しかしそんなことをしてしまえば、これまで積み重ねてきたものが水の泡になってしまう。

「ようやくここまで辿り着けたんだ。時間がかかっても確実にティナを捕まえよう」

 聖女らしい誠実さを持ち合わせて人の為に行動するティナとは違って、俺は捻くれ者で自分の欲望に忠実だ。
 欲しいもの手に入れるためなら手段を選ばないし、何だって演じてみせる。それが、貴族の世界で腹の探り合いをしてきて身につけた生きる術だ。

 貴族の世界は、奪わなければ奪われる。
 利用しなければ利用されてしまう。

 そんな世界に身を置いているからこそ、他人のために身を捨ててまで尽くそうとしているティナがとてつもなく危うげで、放っておけなかった。

 それもまた、ティナに惹かれる理由の一つだが。

「まずは()()()()()()()をどうにかしないとな」

 ここ数日は邪魔が入って、不覚にもティナの動向を見落としてしまった。

 王族が急に領地に使者を寄越し、「近々訪問する」と言ってきたせいで屋敷の使用人たちが困惑し、連日便りを送ってくるものだからその対応に追われていたのだ。

 王太子殿下に探りを入れたところ、どうやらエレイン王女殿下がうちの領地に行きたいと言って国王陛下に強請ったらしい。

 ……笑わせてくれる。

 あのクソガキが俺の領地に興味を持つわけがない。ティナから俺を遠ざけるために利用したに過ぎない。
 俺が居ない間にティナに接触しようとしているようだが、そうはさせない。

 ティナが聖女を辞めたと知って、自分の傍に置くために動き出したのだろう。
 王都ではちょうど、新しく聖女になったシャーロットが国王陛下に挨拶をしに行く頃だろうから。

「チッ。相変わらず目障りなガキだ」

 あのクソガキはティナに懐いていて、ティナも妹のように可愛がっていたから気に入らなかった。
 
 ティナに頼られるジェフリーも、ティナをかつての弟子の代用のようにしているアビゲイルとかいう女のことも。
 ついでに言えば、ティナに懐かれていたくせに、いとも簡単にティナをクビにした神殿長のことだって気に入らない。

「邪魔者が増えてきたことだし、俺は遠慮はしないからな。それに、ティナはもう女神様のものでもみんなの聖女様でもないからいいだろ?」
 
 聖女の護衛をしていた頃はオネエという仮面が役に立った。
 ティナも周りの神殿関係者の目も欺いて、誰よりもティナの近くに居られたのだから。

「これからも、ティナの茨は俺だけでいい」

 誰よりも近い場所を、近い心の距離を、譲るつもりはない。