目の前に迫るサディアスの顔は見慣れていたはずなのに、今は知らない人のようにも見えて私を混乱させる。

「お、おい、サディアス。ティナは俺に質問しに来ただけだから怒るなよ……ひっ」

 どうどう、と宥めるように間に入ってくれたジェフリーを、サディアスは眼差しだけで黙らせてしまった。いつもなら「うるさいわよ! 金ぴか狼は黙ってなさい!」なんて言っているのに、やはり今のサディアスは何かがおかしい。

「ふーん? 俺には何も言わないのにジェフリーは頼るんだ?」
「だって、ジェフリーにしか聞けないことだったもん」
「ティナはいつだって、俺には頼みごとをしてくれないよな?」
「だって、サディアスは言うより先に動いているから」

 神殿に居る時から、サディアスはそうだった。
 私が疲れている時は、「疲れているでしょ?」って聞く前に私を抱き上げていたのだから。
 誰よりも近くで私を見てくれていて、私が気づくより先に私の体調に気づいてくれていたのがサディアスなのだ。

 それに、私はいつか人に頼るのが苦手だから、自分のことは自分でしたかった。
 お願いばかりしていたら、いつか「使えない聖女だ」なんて周りの人に思われてしまうんじゃないかと恐れていたから。

「……気に入らない」
「何が?」

 ムッとして聞き返すと、サディアスは「全部だ」と瞬時に答えた。それも、眉根に皺を寄せて、酷く不機嫌な表情で。

「ティナが俺以外の誰かと会っているのも、ティナが俺に何も言ってくれなかったのも、俺に黙ってまた消えたのも、全部だ」
「私が何をしようが自由だし、サディアスには関係ないでしょ?」
「大いにある。ティナのことは何もかも知っていたいし、本当は誰にも触れさせたくないし会わせたくもない」
「……はい?」

 独占欲丸出しの恋人のようなことを言う目の前の人物は本当に、サディアスなんだろうか?
 まるでサディアスの姿をした別人と話しているかのようにちぐはぐで、違和感が胸の中に積もっていく。
 それなのにジェフリーはというと、これまで通りにサディアスに接していて。

「サディアス、落ち着けよ。ティナはアビーさんのことを聞きたくてここに来たんだよ。だから、そんなおっかない顔をするんじゃねぇ」
「うるさいな。駄犬は黙れ」
「おい、ティナがいるのに化けの皮剥がれてるぞ」

 それどころか、この人が変わってしまったようなサディアスのことを、始めから知っていたかのような様子だ。もしかして、こんなサディアスを知らなかったのは私だけ……?

 何だか仲間外れにされていたように思えてきて、胸の中がモヤモヤとする。

「もうオネエを演じるのは止めてもいい頃合だと思っていたからちょうどいい」

 サディアスは聞き捨てならない台詞を吐くと、いとも簡単に私を抱き上げた。
 これまでなんとも思っていなかったけど、こうして軽々と私を持ち上げられるサディアスの腕力はかなりのもので、改めて”異性”であることを意識してしまう。

 おまけに、そこら辺の美女より美女な護衛騎士だと思っていたサディアスから精悍な眼差しを向けられて……なぜか頬が熱くなり、思わず目を逸らしてしまった。

「オネエを演じていたってどういうこと?」
「そのままの意味だ。俺は前からずっと男だってこと」
「嘘だ! 今までずぅっとオネエだったじゃん!」

 美意識も言葉遣いも何もかもが完璧にオネエだったはず。ついでに言えば「男にしか興味がない」と言って私に失恋を味わせたのもサディアスだ。

 反論する私を見たサディアスは唇の両端を持ち上げて静かに笑った。

「ティナが現れるまでは確かにそうだったよ。それなりに上手くやってこれたし、一生オネエのままでもいいかもしれないなんて思っていた」
「人のせいにするな!」
「いいや、ティナのせいだよ。責任取って欲しいくらい」

 サディアスはそんな訳の分からないことを言うと私を抱き上げたまま、ブラックウェル邸を後にした。それから集合住宅の私の部屋に着くまでずっと抱っこしたままだった。

「今日は動揺しているだろうし、ここまでにしておく」

 サディアスは私を降ろすとそう言って、隣にある自分の部屋へと帰った。ここまでにしておくって、どういうことなのか教えて欲しい。

 一晩寝たらこの変わってしまったサディアスは元に戻るかもしれないと考えていたけれど、その考えは甘く、この日を境にしてサディアスは変わってしまった。