「ティナ、言いにくいことなんだが、そろそろ次代の聖女を迎えようと思うんだ」

 神殿長はそう言うと、私の手に革袋を押しつける。これはつまり、退職金らしい。初めて握る大金に、掌に汗をかいてしまう。

「お前は幼いころからみんなのために尽くしてくれたから心苦しいんだが、シャーロットとぜひ交代してほしいと騎士団から要望があってね。この神殿は彼らとの仕事があってこそだろう? だからどうしても断り切れなくて――今日から、シャーロットがここに住むことになったんだ」

 シャーロットという少女のことは知っている。最近、聖女としての力に目覚めた少女で、以前この神殿に来た時に顔を合わせている。
 蜂蜜のように輝く金髪に陶器のような白い肌の、お人形のように愛らしい少女だ。

(なるほどね。私が魔物討伐に同行するよりも、若くて可愛いシャーロットがいる方がみんなの士気が上がりますもの。納得だわ)

 美少女と形容されてしかるべきなシャーロットとは違い、私はパサパサの薄紅色の髪を簡単に結わえただけの、華やかさも可愛らしさもない顔立ちだ。
 瞳の色だって、シャーロットのような淡い空色ではなくて、王城に生えている草と同じ緑色……比べるのもおこがましい。
 
(私はもう、用済みか)

 悲しくなんてない。これからはやっと自由になれるんだから、むしろ嬉しいに決まっている。

「ぜひとも、引退しましょう。急いで荷物を持って出て行きますね!」

 神殿長は眉尻を下げて、「すまんのう」と言った。それから私は神殿長との話が終わると、自室に行って、トランクの中に荷物を詰める。十何年もこの神殿で生活していたのに、思っていたよりも物がなくて、一時間もしないうちに荷造りが終わった。

「……今まで、ありがとう」

 自分の居場所だったその部屋に別れを告げる。
 お世話になった人たちに挨拶をしようかと思っていたけれど、みんなシャーロットを迎える準備で忙しそうだったから、そのまま出ていった。

「あ、サディアスには挨拶した方が良かったかな? ……まあ、いいか」

 一瞬だけ頭を過るのは、女性と見紛うほどの美貌をもつ元護衛騎士。
 どこをとっても美しい顔立ちをしている、芸術品のような見目の男。一目見るだけで忘れられないような美貌の顔。鼻筋はすっと整っており、おまけに唇は薄くて形が良い。そんな彼の美貌を羨ましく思った事さえある。

  私は、サディアスを見つめるのが好きだった。サディアスの髪は深い青色で夜空を彷彿とさせて、いつも艶やかに光っていた。
 それにサディアスの瞳は月を彷彿とさせる金色で、静謐な光を湛えて私を見てくれていたから。

 片時も離れずに私のそばにいてくれた、護衛騎士。私の初恋の相手。そして、失恋の味を教えてくれた人でもある。

「うん……会わない方が良さそうね。きっとサディアスだってシャーロットを迎えるので忙しいだろうから」

 心の中でサディアスを思い描く。別れの挨拶を心の中で済ませて王都の門をくぐろうとしたその時、不意に肩を掴まれて強く引き寄せられた。

「ティナ!」

 背後から聞こえるのはサディアスの声だ。振り返ろうとしても、サディアスが力強く抱きしめているせいで体がいうことをきかない。

「ティナ! どぉしてアタシになにも言わないで勝手に出て行ったのよ?!」

「どこ探してもティナがいないから生きた心地しなかったわよっ!」

「ねぇ、聞いてるの?!」

 矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる私の元護衛騎士。「投げかけてくる」と言うより「投げつけてくる」と言い表した方が適切かもしれない。
 
 私の元護衛騎士で、初恋の相手で、そしてオネエ。

「何があったのか全部吐いてもらうわよ! さ、行くわよ!」

 サディアスはそう言うと、ひょいっと私を抱き上げる。私はなすすべもなく、そのまま連行されてしまった。