これでようやく本来の目的に立ち返れる。そう、私は元々観光がしたかったのだ。断じてベッドで寝込んで塩スープを啜る日々を送りたかったわけではない。これを逃せば、今度いつ国外に出られるかなんて分からない。家に帰ってもどうせ結婚話を持ち掛けられるだけ。

 今度はちゃんと精いっぱい楽しもうと自分に頷きかけながら、寝巻きから普段着に着替えて髪を梳いていると、後ろから性急なノックの音がした。同時に遠慮なくドアが開けられる。

「入るぞエルシア。もう体はいいようだな。まあ我輩が治療に当たったのだから、当たり前だが」
「返事する前に開けないでよ……」 

 ずかずかと部屋に入ってきたのは宮廷医師ベッカーその人であった。
 白衣に身を包んだ白髪の青年が、相変わらず尊大な口調で話しかけてくる。

 まあ彼が患者に邪な感情を抱かないのはもうわかっているし、こっちも居候の身で偉そうなことは言えない。この際不作法は気にすまい。睨みつけるのはそこそこにして、私は彼に世話になったお礼を言う。