セーウェルト王国を西進する馬車の中。
 もう少しで魔族の国ジュデットとの国境が見えようという場所に、今私はいる。

 そして隣には、一人の女性の姿があった。

「リリカ、大丈夫か?」
「ええ……」

 言葉少なにそう返す彼女はやつれており、表情は暗い。
 顔を隠すように長いケープを頭からかぶり、視線を手の上に俯けている。

「……許さない許さない、許さないから」
(一体何を……)

 時々発作のように何かを呟いているのを恐ろしく感じ、私は聞かなかったようにして窓の外へ意識を逸らす。微かに何かが焦げるような匂いが鼻をくすぐった。本日もジュデットとの小競り合いは続いているらしい。