日笠総合クリニックを出たところで内科医である鈴木聡に呼び止められて長谷川舞は立ち止まった。
外は暗くなり始めていて、そろそろ夜勤の看護師たちが出勤してくる時間帯だった。

舞は短い髪の毛を指先で弄びながら立ち止まり、聡の整った顔を見つめた。
26歳の内科医としては幼い顔立ちをしていて、まるで自分の息子みたいだと中高年の女性患者さんから人気が高い。

聡目当てでここへ来る患者さんや、女性看護師さんもいると聞いたことがある。


「どうしましたか?」


舞は聡からスッと視線を外して聞いた。
5月の風はまだ少し冷たくてカーディガンの前を合わせる。

聡はキョロキョロと周囲を見回して他に人がいないことを確認すると、舞へ向き直った。
患者さんと向き合っているときの温厚さは鳴りを潜めて、今は緊張感が漂ってくる。

その緊張感は舞にまで伝染してしまってすぐに逃げ帰りたい気持ちになった。
その気持をごまかすように指先に髪の毛をくるくると巻きつけて戻すという無意味な行為を繰り返す。


「あの、俺っ」


聡の声が裏返り、舞がようやく指先を下におろした。