◯高校の教室・朝

高校2年生の佐藤杏子(さとうあんず)は、登校し、2年1組の教室のドアを開ける。
すると、親友の小塩柚子(おしおゆず)が、元気よく話しかける。


柚子「おっはよ〜〜! 杏子‼︎!」


柚子は、高い位置でのお団子ヘアーが特徴的で、ちょっと馬鹿だけど明るく、友達も多い。


杏子「おはよー。今日も元気だね〜。」


杏子は、低い位置で一纏めにした髪が特徴的で、地頭が良く、大人しい性格だ。


柚子「うんっ! きょーも元気いっぱいです‼︎!」

  「ーーーところでさ、杏子。」


柚子が、急に真面目な顔とトーンで話す。


杏子「ん? なに?(まさか……)」

柚子「彼氏さんとは、上手くいってるの……?‼︎!」


柚子が、ニヤニヤとしながら尋ねてくる。


杏子「はぁ……(やっぱり)、またみさきくんの話?」

柚子「そう、その『みさきくん』!‼︎ たしか、幼馴染なんだっけ?」

杏子「そう。家が隣で、同じピアノ教室に通ってる。」

柚子「ヘぇ〜! で? 進展は?‼︎!」

杏子「……。柚子、それ毎日聞いてる。」


柚子が、興奮気味に聞いてくるのを、杏子がクールにかわす。
いつもの日常だ。


杏子「そういえばさ、今日、1時間目調理実習だね。」

柚子「あっそうだ‼︎! わすれてた!」

杏子「楽しみだなぁ。柚子とは初めての調理実習だね!」
  「去年、柚子と違うクラスだった時、なぜかみんな仕事を回してくれなくて。
   私抜きで料理していたの。
   だから、柚子がいてくれるのが本当に嬉しい。」

柚子「へぇー、そんなことがあったの。でも、私も楽しみ‼︎!」


柚子がそう言って笑った直後、ガラッとドアが開き、担任の先生が入ってきた。


柚子「じゃあ、またね‼︎!」


柚子が急いで席に戻っていく。





◯調理室・1時間目

調理室で、家庭科の先生が調理実習の説明をしている。


先生「今日作るのは、ナポリタンです。みんな、材料は持ってきた?」

全員「は〜〜い!」

先生「よかった。
   おおまかな作り方は黒板の通りです。作り方の詳細は、先週配ったプリントを見てね。」

先生「では、調理実習始め!」

全員「おーーー!」


先生の始めの合図で、みんな一斉に調理器具を出したり、手順を確認したりする。


柚子「私たちも始めよっか〜‼︎!」

班員「おーーー!」


柚子が、班員に向かって呼びかける。
調理実習の班は出席番号順で、5人で1班だ。
柚子の班員は、
小塩柚子、片貝桃(かたがいもも)木梨高次(きなしこうじ)
胡桃柑太(くるみかんた)、佐藤杏子だ。


柑太「うっし! じゃあ俺、野菜洗うな!
   みんな、持ってきた野菜、出してくれ!」


柑太は、ツンツンした髪が特徴の、クラスの中心人物。
誰にでも分け隔てなく接する、柚子と似たテンションの男。


桃「りょーかーい。
  じゃあ私は、パスタの準備するねー。
  木梨ー。鍋に水入れて沸かしてくんない?」


桃は、ミディアムの髪をいつもおろしている、楽天的な女。
てきとーに物事をこなす。伸ばす語尾が特徴的。


高次「水はもう入れてます。今、火にかけますね。」


高次は、このクラスの学級委員。サラサラな髪が特徴。
真面目で、クラスメイトにも敬語を使う。


柚子「じゃあ、私と杏子で野菜を切るか!」

杏子「うんっ。」

杏子(今年は仕事を回してもらえた!
   張り切ってやるぞーーー!)


ーーー


柚子「ちょっ、ストップ! 杏子、ストップストーー〜っプ‼︎!」


野菜を切ろうとした杏子を、柚子が慌てて止める。


杏子「どうしたの? 柚子」


杏子は、きょとんと聞き返す。


柚子「そんな高いとこから包丁振り落とす気?‼︎!
   まな板上空1メートルの高さから?‼︎!」


杏子は、今から人を刺しますという勢いで、
包丁を高々と持ち上げていた。


杏子「えっ違うの?」


相変わらず、杏子はきょとんとしている。


柚子「明らかに違うでしょ!
   そもそも持ち方が逆!
   なんで包丁の刃の方に小指があるわけ?‼︎!」


柚子は、杏子から包丁を取り上げると、持ち方を教える。


柚子「こう持つの。分かった?」

杏子「うん。」

柚子「あと、そんな高い所から振り下ろさなくても、
   野菜は切れる! こんな感じ。」


柚子は、実際に野菜を切って見せた。


杏子「えっそれで切れるの?‼︎!」

柚子「そうだよ。ほら、やってみ?」


杏子は、教えてもらったやり方で野菜を切ろうとする。
しかし……


柚子「ちょっストップストップ‼︎!」


またもや柚子が慌てて止める。


杏子「どうしたの? 柚子」


杏子はきょとん。


柚子「杏子、あなたピアノが弾けなくなってもいいわけ?‼︎!
   このまま包丁おろしたら、指切れるよ?‼︎!」


杏子は、包丁の真下に指を置いていた。


杏子「あっ! 本当だ。ありがとう、柚子。」

柚子「もう、気を付けてよね〜!」
 

杏子は再び野菜を切ろうとする。
今度は柚子の止めは入らなかった。
のだが……、


杏子「切れた! 見てっ柚子。」

柚子「おっどれどれ?
   ーーーーー、えっマジで?‼︎! 大雑把すぎでしょ!」


杏子が切ったピーマンは、3等分に切られていた。


柚子「もっと細く切らないと!
   ナポリタンじゃなくてもこの大きさは見たことないぞ。」

杏子「えっそうなの?」

柚子(去年、杏子に仕事を回さなかった人の気持ち、
   理解できる……!
   杏子、料理上手い下手のレベルじゃない……!
   料理の基礎中の基礎が成ってない‼︎!)


その後も、杏子の失敗は続いた。


杏子「玉ねぎは丸ごと入れちゃおう。」

桃「えっマジ? まぁいっか。」

柚子「よくないよ、桃ちゃん!」


杏子「野菜はパスタの上に乗せればいいよね。」

高次「炒めてください佐藤さん‼︎!」


杏子「ナポリタンって赤色だよね? なんか赤くなってなくない?」

柑太「ケチャップが全然絡まってないぜ佐藤! ちゃんと絡ませねーと‼︎!」


色々トラブルはあったが、なんとか完成にこぎつけた。
柚子、柑太、高次はヘトヘト。
何も分かっていない杏子と、てきとーな桃は、そんな3人を見てきょとんとする。


杏子「いただきます!」

桃「いただきまーす」

柚子、柑太、高次「いっいただきます……。」


ナポリタンは、美味しく仕上がった。





◯廊下・1時間目終了後

杏子「調理実習、楽しかったね。美味しくできてよかった!」

柚子「そっ……、そうだね……。」

杏子「あれ? 柚子、なんかげっそりしてない? 大丈夫?」

柚子(誰のせいだと……)

柚子「とにかく‼︎!」

杏子「わっなに?」

柚子「今日分かったことは、杏子が超超超超超絶料理ができないってこと!」

杏子「えぇっ!」

柚子「杏子は気付いてないかもしれないけど、相当だよ?!
   包丁で指切りそうになったし、人を◯しそうな勢いだったし!」

杏子「あったしかに。ピアノが弾けなくなるのは困る。」

柚子「そ・れ・に・!」
  「そんなんじゃみさきくんと結婚できないよ?‼︎!」

杏子「えぇーーー〜‼︎! そんなぁ……。」

柚子「杏子言ってたじゃん。
   みさきくんとの将来のこと、真剣に考えてるって。」

杏子「うっうん。」

柚子「今の時代、男女関係なく家事ができなきゃダメ‼︎!」

杏子「そっ、そっか。」


杏子は、ちょっと残念そうな表情を見せる。


柚子「なに落ち込んでんの‼︎!
   今から練習すれば、上手くなるって!」


柚子は、バシッと杏子の背中を叩く。


杏子「そうだよね……! 私、お母さんに教えてもらうよ。」





◯杏子の家・夜

杏子「ただいま〜。」

母「おかえり、杏子!」

杏子「ねぇ、お母さん。料理教えてくれない?」

母「あら、ついに自分が料理下手なことに気づいたのね?」

杏子「友達に言われてさ。
   こんなんじゃみさきくんと結婚できないよ!って。」

母「ふふっ。杏子は本当に岬くんが大好きね〜♡」


母は嬉しそうに笑う。


母「でも、私は火、木が休みで週末は仕事だからなー。
  旦那も単身赴任でいないし……。」


うーん と、悩む母。


杏子「お母さん、無理なら別に「あっそうだわ‼︎!」


母は何やら閃いた様子。


母「(みさき)くんに教えてもらいなさいよ‼︎!」

杏子「えぇ‼︎! みさきくん!?⁉︎」

母「そうよ〜! 岬くん、家庭科が超得意で学校でも有名だって。
  杏子話してたじゃない!」

杏子「そうらしいけど……。」
  (料理下手な情けないところ、みさきくんに見せたくないな……。
   それに、迷惑だろうし……。)

母「週末、家で教えてもらいなさい?
  せっかくの機会なんだから!」


母は、スマホを操作して、どこかに電話をかけ始める。


?「もしもし?」

母「もしもし。岬くん、久しぶりね〜。杏子の母です。」


杏子(みさきくんと電話?‼︎! いつの間に連絡先交換してたの?!)


岬「お久しぶりです!」

母「あのね、岬くん。 急で申し訳ないんだけど、
  杏子に料理を教えて欲しいの「ちょっと待って!」

杏子「みさきくん、本当になんでもないから!
   今のは聞かなかったことに……。」


杏子が、母からスマホを取り上げて、急いで訂正する。
しかし……


バッ


母「実はね、杏子が料理を教わりたいって私に言ってきたのよ。」
 「でも私、休日が杏子と重なってなくて……。
  だから、岬くん、お願いできないかしら?」


母が、杏子からスマホを取り返し、話す。


岬「僕がですか? 全然良いですよ〜! 引き受けます!」

母「本当?! ありがとう岬くん! 
  いつなら都合がつくかしら?」

岬「基本、土曜日は一日中暇ですよ!
  日曜日も、ピアノ以外はフリーです。」

母「そう?
  じゃあ、早速今週の土曜日からお願いできる?」

岬「了解です! じゃあ失礼します!」

母「はい、お休みなさ〜い!」


プツッ


母「と、言うわけで!」
 「たっぷりと教えてもらうのよ?! 花嫁修行だと思って!」


母はそう言って、キッチンへ向かっていく。
とてもとってもご機嫌で。


杏子(まさかみさきくんに教えてもらうだなんて!?
   恥ずかしいよ。どうしよう……。)


こうして、杏子の花嫁修行が始まったのであった。