新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

上司として……恐らく高橋さんの中には、部下としての私しかもう存在していないんだ。
それを目の当たりに見てしまった。 もう、この時計は外した方がいいのかな。 私がまだ時計をしているのを高橋さんが見たら、きっと迷惑に思うだろう。 でも、こんなにまだ好きだから。 せめて……せめてこのぐらいは許してもらってもいいですよね? 我が儘かもしれないけれど、やっぱり私は高橋さんが好き。 好きだから……。
そのまま玄関の床に、座り込んでしまった。
頬を涙が伝う。 この涙を拭ってくれる人は、もう私の傍には居ない。 でも、会社に行けば会える。
残酷なほどの現実。 それでも、私は高橋さんの傍に居たい。
「傍に……傍に居たいんだもん」
時計を見ながら、声に出していた。
ピンポーン。
エッ……。
誰? 
もしかして、高橋さん?
玄関に居たので、そのまま何も考えずにドアを開けた。
「ま、まゆみ!」
そこには、まゆみが立っていた。
「まゆみ! じゃないわよ。 何で、いきなりドアを開けるのよ。 不用心でしょ?」
あっ……。
そんなこと、考えてもいなかった。
「堪忍袋の緒が切れそうだから、押しかけてきた。 上がるわよ」
そう言うと、まゆみは私より先に部屋の中へと入っていった。
「もしかして、あんた! 今、起きたの?」
「まゆみ。 声が大きいって……頭が痛い。 ガンガンするよぉ」
思わず頭を押さえながら、耳を塞いだ。
「何……二日酔い? またやったの?」
「またって、まゆみ……」
そのままキッチンに向かってお湯を沸かそうとしたが、シンクの前で立ち止まってしまった。
見覚えのあるハンカチと自分の家のタオルが、シンクに掛けて干されていた。
「どうしたの?」
そのハンカチを見て、また涙が出てきてしまった。
不思議そうにまゆみが私の顔を見て何かを察したのか、そっと私の頭を自分の胸に押し当ててくれた。