新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

相手は女性で、しかも貴博って呼び捨てにしてる。
「頼むから」
「でも、携帯も出てもらえなくて私……」
ああ……。
もしかして、高橋さんが出なかった電話の相手は、今居る女性だったの?
陰で聞いていても、女性が泣きそうな声だった。
「話すことなんて、もうないだろ?」
「でも、どうしても分かってもらいたくて……」
「もう、過去のことだ。 お互い、別々の人生を歩み始めたんだから」
過去のこと?
それって、どういう意味?
「貴博……私は……」
「2度と、会うのはよそう。 これを最後にしてくれ。 此処には、来ないで欲しい」
高橋さんが、一方的に畳みかけるように話しているなんて珍しい。
でも、何故?
「やっと、俺も……違う人生を見つけられたんだ。 これ以上は、頼むから俺をもう……解放してくれ。 ミサ」
今……何て言った?
高橋さん。
今、ミサって……。
私の知らないところで、まだ会っていたの?
確かに、ミサって言った。
もう2度と、高橋さんの口から出来ればその名前を聞きたくなかった。
しかも、そんな哀愁を帯びた言い方で呼ばなくても……。
ハッ……。
全身の力が抜けてしまい、持っていたプレゼントの紙袋を床に落としてしまった。
すると、ピロティの門の開く音がして、足音がこちらに近づいてきた。
どうしよう。
今は、高橋さんに会いたくない。
ミサさんまで居るこの場の空気を、3人で一緒に吸いたくない。
この場を立ち去りたいのに、足が震えてなかなか動けない。
やっと左足で一歩、後ずさりが出来た。 しかし、それと同時に体の向きを変えようとした途中で、視界に高橋さんの姿が見えて立ち止まってしまった。