◯学校、チャペル(とある休日)


チャペルで白のタキシードを着た巧と純白のウェディングドレスを着たひいろが並んで立っている。


神父「新郎、櫻木巧。あなたはここにいる小野ひいろを病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」

巧「はい、誓います」

神父「新婦、小野ひいろ。あなたはここにいる櫻木巧を病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」

ひいろ「はい、誓います」


向き合う巧とひいろ。


神父「それでは、誓いのキスを」


ゆっくりとひいろのベールを上げる巧。

見つめ合う2人はそっと唇を近づける。


――どうしてこのような展開になったかというと。



◯(回想)学校、2年1組の教室(とあるお昼休み)


放送〈2年1組の櫻木巧くん、小野ひいろさん。今すぐ生徒会室まできてください〉


校舎に響き渡る放送。


加奈「ひいろ、生徒会から呼び出しじゃん!なにかしたの?」

ひいろ「え!?…な、なにもしてないよ!」

龍太郎「しかも巧といっしょだしな」

巧「俺も心当たりないけど」

加奈「でもとりあえず、生徒会室行ってきたら?」

ひいろ「う…うんっ」


緊張な面持ちで巧と顔を見合わせるひいろ。



◯学校、生徒会室(前述の続き)


生徒会室のドアをノックする巧。


巧「失礼します」

ひいろ「し…失礼します」


生徒会室に巧とひいろが入ってくると、3年生の生徒会長がにこりと笑う。


生徒会長「やあ、よくきてくれた」


生徒会長は、2人に向かいのイスに座るように促す。

生徒会長と向き合うように座るひいろと巧。


ひいろ「…あの。わたしたち…、なにかしましたか?」

生徒会長「キミたちを呼び出したのは他でもない。実は、この企画に協力してもらいたいんだ」


そう言って、生徒会長はあるパフレットを2人に渡す。


生徒会長「それは、この聖耀高校の学校案内のパンフレットだ」

ひいろ「知っています。わたしたちもこれを見て、聖耀高校に興味を持ちましたから。ねっ、たっくん」

巧「ああ」

生徒会長「そうか。それならちょうどよかった」

ひいろ「ちょうどよかった…?」


首をかしげるひいろ。


生徒会長「実は、来年度から配布する新しい学校案内のパフレットを作成しようと思っている。そのモデルをキミたちにお願いしたいんだ」

ひいろ「ええ…!?わたしたちが…ですか?」

生徒会長「ああ。今回の学校案内のコンセプトは『ウェディング』。そこで、我が校でも有名なカップルであるキミたちが今回のモデルにピッタリだと考えたんだ」


聖耀高校の敷地内には立派なチャペルがある。

実際に挙式を行うこともでき、卒業生たちがそこで挙式を挙げることもある。

そこで、もっと多くの人にそのチャペルを知ってもらおうと、今回の学校案内のコンセプトを『ウェディング』と定めた。


生徒会長「キミたちに頼みたいのは、パフレットに使う写真撮影と、オープンキャンパスのときに流す学校PRの動画撮影への出演だ。小野さんにはウェディングドレス、櫻木くんにタキシードを着てもらう」

ひいろ「…でもそれって、わたしたちが卒業したあともその写真や映像が使われるということですよね?」

生徒会長「そういうことになる。今のパンフレットも数年前に作成したものだから」


それを聞いて悩むひいろ。


ひいろ(生徒会長さんはわたしたちが仲のいいカップルだと思っているみたいだけど、実際は婚約破棄する仲。そんな学校を代表するパンフレットにたっくんと2人でなんて載れないよ…)


ごくりとつばを呑むひいろ。


ひいろ「…お話はありがたいんですけど、この件は別の方に――」

巧「やります。俺たち2人で」


巧の思わぬ発言に、驚いて巧に目を向けるひいろ。



◯学校、生徒会室前(前述の続き)


生徒会室から出てくるひいろと巧。


ひいろ「…まさか、たっくんが引き受けるとは思わなかったよ。だって、わたしたち…」

巧「記念だよ。俺たち婚約破棄するなら、もう結婚式することもないだろ?だからせめて、記念になるようなことをするのもいいかなって」

巧(本当は写真撮影なんて苦手だけど、俺にとっても、最初で最後のひぃのウェディングドレス姿を見ることになるかもしれない。だから、この企画を引き受けようと思った)


わかっていても、巧が口にした『婚約破棄』という言葉に、ひいろは眉を下げ少しだけ切なそうな表情を浮かべる。


ひいろ「そっか。それなら、たとえ学校案内のパンフレットの撮影だったとしても、お母さんにたっくんとのウェディングドレス姿を見せることができるもんね…」


ひいろは悟られないように巧に笑ってみせる。


(回想終了)



◯学校、控え室(とある休日)


学校案内のパンフレットの撮影のため、ウェディングドレスを着たひいろはプロのヘアメイクさんにメイクをしてもらっている。


ヘアメイク「はい!完成です」

ひいろ「ありがとうございます」


ひいろはプロのメイクによって、いつもより少し大人びて見える。

そのとき、控え室のドアがノックされる。


生徒会員「失礼します。新郎役の櫻木くん、中に入ってもらっても大丈夫ですか?」

ヘアメイク「はい!ちょうど今終わったところなので」


控え室に入るタキシード姿の巧。


ひいろ「あっ、たっくん!」


ウェディングドレスを着たひいろが振り返り、そのかわいさに思わず胸がドキッとする巧。


ひいろ「たっくんタキシード、すごく似合ってる!」

巧「そ…そうかな」


恥ずかしそうにうつむく巧。


巧(なんだよ、これ。ひぃ、めちゃくちゃかわいすぎるだろ。こんなにウェディングドレスが似合うやつは他にいないくらいに)



◯学校の敷地内(前述の続き)


正門、中庭などの場所で、ひいろと巧はカメラマンや生徒会長の指示でポーズを決める。


ひいろ(タキシードのたっくん…、すごくかっこいい。まるで、本当の結婚式の撮影みたい)


クールに決める巧を、ほんのり頬を赤らめながら横目で見つめるひいろ。


生徒会長「それでは、このあとのチャペルでの挙式シーンはPR動画に使用します。2人は幸せあふれる新郎新婦を演じてください」

ひいろ「は…はい!」


緊張で声が上ずるひいろ。



◯学校、チャペル(前述の続き)


第5話の冒頭部分のチャペルでの場面へつながる。

神父との誓いの言葉を交わしたあと。


神父「それでは、誓いのキスを」


お互いの唇を見つめ合うひいろと巧。

引き寄せられるように2人の顔が近づく。


生徒会長「カット!オッケーです!とってもいい雰囲気でした!」


顔を離したひいろは生徒会長のその言葉にほっと胸をなでおろす。


生徒会長「本当のキスシーンのようで、見ていて惚れ惚れしました!いいPR動画が撮れました。ありがとうございます」


2人の手を取り合う生徒会長。

ひいろははにかみながら、隣にいる巧に微笑む。



◯マンション、リビング(夜)


マンションに帰ってきた2人。


ひいろ「たっくん、今日はお疲れさま」

巧「ああ。ひいろもお疲れさま」


ソファに腰掛ける2人。

そのとき、ひいろのスマホに通知音が鳴る。

スマホの画面を見るひいろ。


ひいろ「あっ、生徒会長さんからメールだ」

巧「なんて?」

ひいろ「えっと、『今日はお疲れさまでした。お二人のおかげですばらしい学校案内のパンフレットに仕上がりそうです。さっそくですがPR動画の編集ができましたので、ご確認お願いします』だって!」

巧「もう?」

ひいろ「うん。いっしょにデータが添付されてるから、これじゃないかな?」


ひいろは、メールに貼り付けられていたデータのアイコンをタップする。

ウェディングドレス姿のひいろとタキシード姿の巧が微笑み合ったり、手を取り合ったりしている映像が流れる。


ひいろ「な…なんか恥ずかしいね」

巧「…そうだな」


映像に映るお互いの姿に、かっこいい、かわいいと思いつつ顔を赤らめながら見る2人。

最後に、チャペルでのキスシーンが流れる。


ひいろ「わっ…わっ…わっ…!!」


恥ずかしくなったひいろは、手でスマホの画面を覆い隠す。


巧「ひぃ、それじゃ見えないよ」

ひいろ「だって…、恥ずかしいじゃん…」

巧「大丈夫だよ。本当にキスしてるわけじゃないんだから」


巧の言葉に、渋々スマホの画面から手をのけるひいろ。

誓いのキスをする2人は、カメラのアングルでキスしているように見せているだけで実際はしていない。

PR動画を見終えた2人。


巧「思ってたよりも本格的だったな」

ひいろ「う、うん。あのキスシーンだって、生徒会長さんが『もっと顔を近づけて』って指示するから、本当にキスしちゃうんじゃないかと思ったよ」


ハハハと笑うひいろ。

それをじっと見つめる巧。


巧「…俺は、本当にキスしてもよかったけど?」

ひいろ「え…?」


キョトンとしてひいろが顔を向けると、真剣な表情でひいろを見つめる巧の顔。


ひいろ「たっ…たっくん、なに言ってるの?だって、わたしたち…婚約破棄するんだよ?」

巧「俺だってずっとそう自分に言い聞かせてきた。でもこれ以上、自分の気持ちに嘘はつけない」

ひいろ「それって、どういう――」


と、ひいろが言いかけたとき、巧がひいろの唇を奪う。

驚いて目を大きく見開けるひいろ。