「そっ……そんなわけ、ないよ…」
弥生は照れて顔を真っ赤にしながら、そんなことを言っている。
本当は期待してんだろ。
分かってるよ。
他の奴なんか眼中になくて。
遊佐しか見えてないって顔。
…よく知ってる。
俺も、そうだから。
「で、でも……あたし、がんばる」
知りたくなかったなぁ。
恋してる弥生の表情なんか。
「…先生のこと、絶対落としてみせるよ」
もう取り返しのつかない決意に、俺は力なく笑った。
この鈍感バカ女。
…どんだけ残酷なんだよ、お前。
「乃蒼くん、ありがとね」
普段しない”くん付け”。
こういうときの弥生は、だいたい機嫌がいい証拠。
ぷっくりとしたピンクのくちびるは弧を描いて。
大きな目は嬉しそうに細められる。
そんな可愛いの、意味不明だし。
…こうして男の家に堂々と上がり込むの、理解不能。
つか。
やっぱ、意識されてない証拠だよなぁ。
「別に。…飯食ってく?」
「んー……や。もう帰るよ」
スマホの画面を一瞬見た弥生は、またにっこりと笑ってそう告げた。
弥生のスマホを盗み見れば、【いつ帰る?】とメッセージが入っている。
差出人は…希更?
「それ、誰から?」
「えっ…あぁ、お兄ちゃんだよ…」
お兄ちゃん。
確かに、一年の頃に聞いた気がする。
兄は”如月”から名前を取ったこと。
自分は3月生まれじゃないのに、如月の次だから弥生って命名されたこと。
…思えば。
一年のときのほうが、弥生と距離が近くいられてた気がする。
あーあ。
何かの奇跡で、俺のこと好きになったりしねぇかな。