ピ───────────


病室に無機質な音が響き、心臓が跳ねた。


「こ、とせ…………?」


掠れた声が、誰の耳に届くことなく空気に溶ける。


琴星(ことせ)!」


愛しい者の息が絶えた。

俺は、もう独り。


「橘様、残念ながら奥様は─────」


医者があとの言葉を濁す。

それで、やっと理解した。

俺の愛しい琴星は死んだのだ。


だけど、涙は出なかった。

それが何故か、自分でも分からない。

心臓が破裂してしまいそうなほど痛くて辛いのに、でも何故か、涙は出なかった。


§

─回想─

「わあ~! 星が綺麗だねっ!」


群青色の夜空に散りばめられた金や銀の飛沫(しぶき)を見上げて琴星が声をあげる。


「冬は空気が乾燥してるから見やすいんだ」


俺はそう答えながら明るく笑う琴星を見る。


「ん? あっ、ちょっと、星を見にきたの! ほら、ちゃんと空見てっ!」


見られてることに気がついた琴星は俺に上を向かせる。


「でもちょっと寒いね」

「まあ、冬の夜だからね」

「え~。あっためて~!」

「俺も寒いんだけど」


えへへ、と笑いながら、琴星は俺の腕の中に飛び込んでくる。


抱き締めると「あったか~い」と俺の腕にぎゅっと抱きつく。


「来年も、またふたりで来よう?」


琴星からの可愛い提案に、俺は頷く。


「かわいいね、琴星」

「だからぁ…………空を見てよー」


はいはい、と返しながら琴星の頭を撫でる。


「来年も、また一緒に来よう?」


そう言う琴星を見て俺は頷く。


「琴星、眠い?」


心なしか眠そうな声を聞いて問いかける。


「うぅん………」


否定はしているものの、実際眠そうだ。


「無理しないで寝な。おやすみ、琴星」


小さく返事をした琴星からは、次期に規則正しい寝息が聞こえてきた。


─回想fin─