お兄ちゃんは大学生をしながら、仕事もしている。
仕事と言っても正式に勤めているわけじゃないから、バイトみたいなものだと言っていたけど、夕方から夜中まで働いている姿を見ていると、とても大変そうだ。
私がいなければ、お兄ちゃんがこんな苦労をすることもなかったかもしれないのに…




今でも時々思い出す。

夜明けが近づくと気持ちが不安定になって、泣いてしまう私を優しく抱きしめてくれたお兄ちゃん。
でも、本当はお兄ちゃんも静かに泣いていたことを知っている。
私はもう少し強くならないといけない。







お兄ちゃんと一緒に過ごせる日は、1週間にうちに1回くらいしかない。
私が家にいる時間は、お兄ちゃんは仕事だし、お兄ちゃんが家にいる時間、私は学校がある。
たまに仕事が休みかと思ったら、お兄ちゃんは学校に行っていたりする。

寂しくないと言ったら嘘になるけど、これも全部私のためにしてくれていることだから、わがままは言えない。








いつものように、お兄ちゃんの帰りを待つ夜。
急に不安が押し寄せてきて、涙が止まらなくなった。
『寂しい』『不安』『悲しい』『つらい』
そのすべてに耐え切れなくなって、消えてしまいたくなる。

玄関から鍵を開ける音がした。
私は咄嗟に涙を拭きベットの中に潜り込む。
だけど、涙は止まらず、嗚咽が漏れる。
お兄ちゃんには、この姿を見られたくない。


いつものようにお兄ちゃんは家に着くと、真っ先に私が寝ている寝室にやってきた。
優しい手つきで私の頭を撫でる。

「ただいま」

私は微動だにせず声を殺して、お兄ちゃんが去るのを待つ。

「あーあ、また泣いてる。よしよし」

やっぱり、気づかれてしまった。
私が潜り込んでいる布団の中に躊躇する様子もなく入り込む。

「ちがう!泣いてない!」
そう言っても、目が赤く腫れ、涙声だから説得力がないのが自分でも分かる。

「はいはい、一緒に寝てあげるから落ち着こう」
お兄ちゃんは幼い子をなだめるように、そう言った。

「泣いてない」と抵抗する私の身体を抱き寄せて、背中をさする。
いつもと同じ、少し不健全そうな香りが私を包む。


だんだんと落ち着いてきた私は、眠くなってきた。
だけど、もう少しお兄ちゃんと一緒にいたい。

「ね、一緒に外の景色、見よう」

私がそう言うと、お兄ちゃんは頷き、ベットから起き上がった。
窓の外から月が見える。

「夜中でも夜景ってきれいなんだな…」
お兄ちゃんは見惚れたように、そう言った。

「月もきれいだよ」
私がそう言うと、お兄ちゃんは「そうだね」と言い、月を見る。
月の光に照らされたお兄ちゃんの横顔はきれいで、女の子たちから人気があるんだろうなと思うと、少し嫌な気持ちになった。