8月上旬のとある日、8時少し前。

『3分後に着くから、玄関に座って待っとけ』

朝8時前だというのに、既に気温は軽く30度超え。
というより、夜の間も30度を下回らないような寝苦しい日が続いている。

そんな日でも、毎朝欠かさずやって来る。
それも、必ず事前に連絡を入れるという念の入れようで。

「ハァッ……ハァッ…ッ」
「おはよ」

住宅街を軽快に走って来たのは、付き合って3週間目になる彼氏・匠刀。

部活の稽古が9時かららしくて、自宅からジョギングして通っているのだとか。
蒸し暑い中、歩くのだって大変なのに。
通過点である我が家に必ず寄って行くのだ。

「ん」
「……ホントに、毎日毎日朝から飽きないね」
「お前な、文句たれずに彼氏の胸に飛び込むとかできねーのかよっ」
「そういうの、私に求める方が間違ってるから」
「彼女らしいこと、全然してくれねーじゃん」
「あーはいはい、わかったわかった」

うちの玄関先で、汗を滲ませた匠刀が両手を広げて訴えて来る。
ご近所さんの目だってあるし、自宅が鍼灸院だから、ほぼいつだって両親がいるというのに。

ほんのちょっぴり汗臭い匠刀に抱きつく。
こうでもしなきゃ、後々もっと面倒だからね。

「シャンプー替えただろ」
「……キモいよ」
「前のやつの方が好き」
「あんたの好みは聞いてない」
「今のが使い終わったら、前のに戻せよな」
「あーはいはい、わかったわかった」

何だろう。
この不毛なやり取り。

毎朝こうしてハグされなければ一日が始まらないというのは、拷問だ。

「ちゅーダメ?」
「ダメ」
「ちゅっでも?」
「ダメ」
「ケチすぎんぞ」
「安売りしちゃダメだって言ったのは誰よ」
「チッ」
「舌打ちしない!ほら、遅れるよ?」
「……ん。ちゃんと連絡しろよ」

唇にキスするのは我慢しても、ちゃっかりおでこにちゅーしてゆく、匠刀。
颯爽と駆けてゆく背中を見送った。