母親は夕食の買い物をして来るからと、家の前に降ろされた。

「自宅に送って貰えばよかったのに」
「少し散歩しねぇ?」
「散歩?」
「ん」

今日の匠刀は少し様子がおかしい。
大学病院にまで来たり、デートに誘ったり。

「ねぇ、熱があるんじゃない?」

長身の匠刀のおでこに手を伸ばす。
さらりとした前髪に隠れたおでこは、意外にもひんやりしていて、熱は無いらしい。

「ねぇよ」

おでこに触れた手が、匠刀の手によって阻まれる。
そして、その手はゆっくりと下ろされ、握り返された。

「桃子と散歩すんの、いつ以来だろう」
「5~6年くらい前?小学校の高学年になったら、お互い変に気を遣うようになったよね」
「あれは、桃子が近くに来んなとか言うからじゃん」
「え、そうなの?」
「お前、自分で言っといて忘れてるとか、マジでぶん殴るぞ」
「殴れるもんなら殴ってみなよっ」
「は?」
「どーせ、出来ないくせに。ってか、もうこの手、離してよ」

匠刀は嫌味を言ったり、横暴な態度を取ったりするけど。
いつだって私を傷付けないように気を遣ってくれている。
それは子供ながらに分かってた。

クラスのみんなで追いかけっこする時も、走って逃げれない私はいつも鬼で。
匠刀はわざとすぐに掴まって、話し相手になってくれていた。

「よーし、殴っていいなら一発殴らせろ」
「えっ」
「何だよ。……殴っていいって言ったじゃん」
「……いいよ」

パッと繋いでいた手が離され、匠刀はポキポキと指を鳴らし始めた。
本気で殴る気?

「腹に力入れとけよ」
「お腹?!」
「女の顔、殴れるかよ」
「……マジか」
「行くぞ」

ぎゅっと目を瞑って、息を止めてお腹にぐっと力を込めた、次の瞬間。
頭を鷲掴みされ、唇に柔らかい感触を感じた。