「匠刀、そこのベンチで横になってもいい?」
「ん」

駅のロータリーにあるベンチ。
改札は勿論、バスの停留所とタクシー乗り場に近いから、結構な人が行き交う。

自宅までそれほど離れていないのに、その道のりですら途方もなく遠くに感じて。
一歩踏み出すことすら全身の力を入れないと踏み出せない。

匠刀に支えられ、漸くベンチに辿り着いた。

「おばさんに迎えに来て貰うか?」
「……少し休めば大丈夫」

腰を下ろしたはずなのに体が安定しない。
ゆっくりと鼻で呼吸し、心臓に酸素を送る。

「ほれ」
「……ん?」
「横になった方が休めんだろ」
「……」

隣りに腰を下ろした匠刀は、自身の脚をポンポンと叩き、『膝枕してやるから』と。
普段なら『誰があんたなんかの膝に!』くらい言い返すところだけど、今はその気力すらない。

勢いよく立ち上がったことで起る症状だけじゃない。

ずっと好きだった人の彼女を目の当たりにして、精神的にストレスだった。
虎太くんが好きな人に対する態度にも驚いたし、決して自分では太刀打ちできない状況証拠がフルに揃っていた。

そんなストレス過多状態だった桃子は、知らぬうちに心臓に負担をかけていたようだ。

「……ごめんね」
「ばーか。こういう時は、ありがとうだろ」

匠刀の脚は思ってた以上に硬かった。

通りすがる人の視線が気になるも、今はそれすらも気にしていられない。
桃子は静かに瞼を閉じた。
すると……。

がさごそと匠刀が上体を動かしたと思った、次の瞬間。
ぱさりと何かが桃子の顔にかけられた。

匠刀の匂いがする。
あ、匠刀のシャツだ。
もしかして、周りから隠してくれたの?

ん?
あれ??
これって、前にもあったような……。