「こんばんは」
「いつも遅くに悪いね」
「いえ」
「モモちゃん、こんばんは」
「……こんばんは」

午後7時半を回ろうとしている時間に、津田親子(3人)が鍼灸院にやって来た。
いつも診療時間終了ギリギリにやって来る、ラストのご利用者さん。

「奥のベッドが空いてます」
「いつもありがとね」

虎太郎は桃子の頭をポンと一撫でし、奥のベッドへと向かっていく。

「お前、見すぎ」
「っ……うるさいっ」

別に後ろ姿を見るくらいいいじゃない。
一番最後に入って来た匠刀が白い眼を向けて来た。

「あ~、マジでうぜぇ」

かったるそうに奥のベッドへと向かう匠刀。
そんな彼の腕を掴んだ。

「匠刀っ」
「……あ?」

そして、いつもながらに嫌そうに振り返える。

「今日は色々ありがと。これ…」
「……何これ、口止め料?」
「お礼だよ、お礼」
「……フゥ~ン」

小馬鹿にするような視線を浴びせながら、桃子の手からバイク雑誌を受取った。

「じゃあ、これやる」
「へ?」
「お礼のお礼」
「……」

目の前に突き出された彼の手。
何かを握っているようで、仕方なく手のひらを差し出す。

ぽとんと手の上に乗せられたのは、私が好きないちごみるくのキャンディーだ。

「甘いの嫌いなんじゃ?」
「貰いもんだよ。食べねぇからやる」

どうせクラスの女の子にでも貰ったのだろう。
とりまきとも言える女子がいつも匠刀を追いかけてるから。

「溶けてんじゃん」
「文句言うなら食うな」

夕食がまだの桃子は小腹が空いていて、キャンディーを食べようと包みを開けたら、見事にべったりとくっついていたのだ。
そういえば、匠刀は来る時、いつも何かしら持って来る。
匠刀もお夕飯、まだなのかも。