エスティアは王城の中、騎士団団長執務室の隣にある部屋で大量の書類を分別する作業をしていた。
 書類は主に過去に騎士団が取り扱った事件や事故の報告書、経費や予算、その他にも個人情報が多く記載されているものがほとんどだ。
 昨年の秋に聖獣騎士団が使用していた棟が老朽化し、建て直しをする予算が確保されたので工事が始まったのだが、その間に一時的にこの場所へ引っ越すことになった。
 しかし雑な引っ越し作業だったようで、色んなものが紛失し、書類もぐちゃぐちゃになったため、整理が必要になった。
 そこでエスティラは書類やら備品の整理を団長であるミシェルから命じられ、作業に勤しんでいる。
 今は書類を種類ごとに分別しているのだが、事件報告書の間に用途不明の請求書や領収書、大人のお店の割引券などが挟まっていることがあるため、手を抜けない。
 たまたま誰かが手に取った紙束からそんな物が出てきてしまえば、最後に整理を任されたエスティラが非難される。
 そんなことは御免である。
 午前中から仕事に入ってから四時間、手を動かし続けてようやく終わろうとしていた。
 大量の書類整理もようやく終わりが見えてきてエスティラは安堵する。
「もう少し進めたいけど……流石に疲れたわね」
 手を止めて、机に顔を伏せる。
 机がひんやりしていて気持ちい。
 流石に疲れた。少し気分転換したいわね。
 すると急に扉が開いた。
 現れたのは燃えるような赤い髪の騎士だ。
 男性の後ろから白い猫がついて来る。
『…………』
 猫はエスティラと騎士を交互に見やり、エスティラに申し訳なさそうな視線を向けてくるのが気になった。
 そしてだらけていたエスティラに眉を顰める。
「昼寝がしたいのなら帰ったらどうだ」
 嫌味っぽい口調で騎士は言った。
 彼の名前は…………何だったかな。
「ノックの一つも出来ない騎士様は何の御用ですか?」
 エスティラは姿勢を正して、騎士に言う。
「これも追加だ」
 赤髪騎士の後ろから箱を抱えた騎士達が何人も入って来る。
 そして机の上に容赦なく積み上げた。
 この男はエスティラの仕事が終わりそうになると書類の箱を追加してくる。
 最初は愛想良く対応していたが、流石に気付いた。
 嫌味な口調、ノックなしの入室、仕事が終わりそうになると持って来られる箱の山。
 嫌がらせだ。
 どうしたものかと考えていると箱の重みに違和感を持つ。
 ニヤニヤと蔑むような視線を向ける騎士達はそのまま部屋を出て行った。
 エスティラは箱の中身を確認する。
「はあぁ⁉」
 そこに入っていたのは汚れた騎士服だった。
 しかも今、急いで汚しましたというような状態で泥や土が万遍なく付着している。
 女は家で洗濯でもしていろってこと⁉
 女であっても貴族の令嬢は洗濯などしないので、彼らの中ではエスティラは令嬢の括りに入っていないようだ。
 何で会ってろくに会話もしたことがないような男達から嫌がらせをされなければならないのか。
 そう思うと悲しくなってくる。
 けど、だ。
 これぐらいの嫌がらせでへこたれる私じゃないわよ。
「そもそも自分達の制服をこんな風に汚して誇りはないのかしら?」
 王宮騎士は武人の花形だ。
 血の滲むような努力を重ね、その腕を認められた者のみがこの制服に腕を通すことができる。
 彼らも初めてこの制服を着た時、それが誇らしかったはずなのに。
 そんな誇りも、血の滲む努力をした過去も忘れてしまったのだろうか。
 そう思うと汚れた制服達が可哀想だ。
 何が何でも綺麗にしてやらねばなるまい。
 エスティラは意を決して立ち上がり、汚れた制服をまとめて一つの箱にぎちぎちに詰め込んだ。
それを持って部屋を出た。
「あ、エスティラ嬢」
 部屋を出てすぐ隣はミシェルが使う執務室だ。
 そこから出てきたのは青髪の騎士、カーティス・ブライトである。
 右肩にある白い塊がもぞもぞと動く。
 ひょこっと顔が上がり、白い耳がぴんっと伸び、赤い目がエスティラの方を向いた。
「お疲れ様です、ブライト卿。アバーニャさんもこんにちは」
「お疲れ様です」
『あら、何だい。その汚い騎士服は』
 アバーニャはエスティラの手元に視線を注ぎながら言う。
 アバーニャと同じようにカーティスもエスティラの手にある汚れた騎士服が気になるようだった。
 それにしても調度良いところで、話しかけやすい人が来てくれた。
「お訊ねしたいのですが、洗濯場はどこでしょうか?」
「洗濯場?」
 書類仕事ばかりは肩が凝るし、飽きてきたところだ。
 少し運動も兼ねてこの無意味に汚された可哀想な騎士服達を綺麗にしてやろうじゃないか。
 汚れ物を手に意気込んでいるエスティラを不思議そうに見つめてカーティスは首を傾げた。