「公爵様、助けて頂きありがとうございました」
 エスティラは馬車の中で深く頭を下げた。
 流石は公爵家の馬車だ。
 中は広く綺麗で明るく、座面も座り心地がとてもいい。
 外見だけ豪奢に取り繕うことも多い馬車だが、公爵家の馬車は見た目も中身も子爵家の馬車とは比べ物にならない。
「礼をすると言ったでしょ。これくらい何でもない」
 素っ気なくミシェルは言う。
 礼をする、確かに昨日そのように言われたがまさか直接邸に来るとは思っていなかったし、行動が早すぎる。
 だけどそのおかげで思いがけずあの家から出ることができたんだから感謝しなくちゃ。
「私は公爵様の所で何の仕事をすればよろしいでしょうか?」
 気になるのは仕事の内容だ。
『公爵邸に連れて行く』と先ほど宣言するように言ったが、仕事の内容までは聞かされていないし、連れて行かれるのは公爵邸ではない可能性もある。
 エスティラは気になってミシェルに訊ねた。
「その話は後でしよう。それより……」
 ミシェルの視線がエスティラの顔に向けられ、次いでエスティラの膝の上に落ちる。
 エスティラは膝の上で丸くなっているロンバートの頭を撫でていた。
「手当と食事が先だね」
 少し苛立ったような声音にエスティラは首を傾げる。
 私、何か気に障るようなことをしたかしら?
 ふいっと窓の外に視線をやり、ミシェルはそれっきり口を開かなかった。