「昨日お話した通りです」
 エスティラは昨晩、ミシェルの部下に送ってもらい、邸へ戻った。
 玄関に着くなり、ロマーニオとリーナからは『家門の恥』から始まり『このふしだら女』と、罵詈雑言。『家門に泥を塗った』とか『公爵様を誘惑した』とかあってもないことを言いたい放題だ。
 ミシェルの部下が状況を説明すればコロッとエスティラへの暴言はなかったかのように振舞うから呆れたものだ。
 恥ずかしい人達だわ。
 そして今朝もまた呼び出され、テーブルに広げられた新聞を前に再度状況を説明している最中だ。
「つまりはお前は怪しげな連中の会話を立ち聞きして、助けを求めようとも私が見当たらなかったが故に、一人で行動してあのような騒ぎになったということか?」
 誰もあんたに助けなんて求めてないけどね。
 エスティラは面倒なのでそこは否定せずに頷く。
 今朝の新聞には大きく昨晩の事件が取り上げられており、エスティラがミシェルを救ったことと感謝の言葉までしっかり書かれていた。
「よくやった! これまで面倒をみてきたかいがある」
 そう言ってロマーニオは笑みを浮かべる。
 褒めてるともりかしら?
 面倒をみてもらってるとは到底思えないのでそこは反論したいがぐっと堪える。
 我慢よ、我慢。
 もう少しでここから離れられるんだから。
「これから公爵様がいらっしゃる。お前に改めて礼をしたいということだが……」
「公爵様が?」
 早くない?
 昨日の今日だ。
 公爵様にお会いできるのはもっと先の話かと思っていたエスティラは確実にこの家からの解放が近づいている気がして嬉しくなる。
「だが、お前は会わなくていい。部屋へ戻っていろ」
 ロマーニオの言葉にエスティラは一瞬、頭が真っ白になる。
「…………どういうことですか?」
「公爵様の危機をいち早く察したのはお前ではなくリーナだ」
 エスティラの疑問にロマーニオは堂々と言い切る。
 リーナの方に視線を向ければ、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「リーナがいち早く公爵様の危機に気付き、私達にそのことを伝えた。私が公爵様を止める前に、お前が勝手に突っ走ったゆえに騒ぎが起きた。公爵様が感謝するのはお前ではなくリーナだ」
 その言葉にエスティラは唖然とする。
 まさか、エスティラの手柄をリーナに横取りされるとは思っていなかった。
「さすが、お父様! 素晴らしいわ」
「公爵様との繋がりもリーナの聖女としての評価も高まるでしょう」
 嬉々としてそれを名案だと言いたげな娘と妻にも驚きを隠せない。
「公爵様が帰るまで閉じ込めておけ」
 メイドがエスティラの腕を掴む。
「ちょっと、離してよ!」
 エスティラは抵抗するが、二人に両脇から腕を掴まれているので身動きが取れない。
「…………公爵様を騙すつもりですか?」
 エスティラはロマーニオと横に並ぶリーナを睨みつける。
「騙すのではない。これが真実。間違った認識を正すだけだ」
 下品な笑みを浮かべてロマーニオは言った。
 メイド達に引き摺られるように連れて行かれたのは自分の部屋ではなく、離れだった。
「旦那様のご指示ですので」
「うっぐ⁉」
 声を出せないように口に布を噛まされ、頭の後ろで結ばれる。
 それだけでなく、離れから出られないように腕も縛られた。
 ここまでする⁉
 縄が手首に食い込んで痛い。
 口に巻かれた布も顔に痕がつきそうだ。
「公爵様がお帰りなったら出して差し上げますからね」
「ウォレスト様はご友人に会うために朝早くから外出されております。助けは期待されませんように」
 クスクスと嘲笑を浮かべてメイド達はエスティラを離れに閉じ込め、外側から鍵を掛けた。
 胸の中で怒りが沸々と音を立ている。
 しかしそれ以上に自由になれるかもしれないと期待したのに、それが叶わないことの方が悲しくて悔しかった。
 すぐ目の前にあった希望が音を立てて崩れていく瞬間だった。