勢いよく、そのドアを開け放つ。
肩で息を繰り返して、教室を見渡す。
夕暮れのまぶしさに眉間にしわを寄せて、その真ん中にいる影を見つけた。
「す、ずむら、くん?」
呼びかけてみると、窓の外を見ていた影がゆっくり動く。
「ああ。え、と、うえきさん?」
低音ボイス。
いつも子守唄代わりの声なので、涼村くんだと知る。
「ごめん、待たせて。これでも一応ダッシュしてきたんだけど」
呼吸を整えながら近づくと、涼村くんが小さく笑う。
「いいよいいよ。どうせ、先生と漫才してたんでしょ」
「漫才?」
なんだそれ。と思いながら、彼が座っている席の前に座る。
近くで見ると、やっぱりその整った顔に苦手意識を覚えてしまう。
「みんないってる。うえきさんと先生のかけあいは、漫才だって」
「いつのまにそんなことに。てかあたし、うえきさんじゃないから。うづきだから」
「あ、ごめんごめん。俺、あんまり人の名前覚えんの得意じゃないの」
涼村くんはあはは。と声をたてて笑う。
あれ、思ったよりは社交的なタイプ?
もっとクールでとっつきにくそうなイメージがあったけど。
「じゃあ一応自己紹介。卯月凛》っていうの、よろしく」
クラスメイト相手に今更自己紹介っていうのも変な話だけど。
「あ、こちらこそ。涼村深月っていいます」
ご丁寧に頭を軽く下げる涼村くんに小さく笑う。
そんなこと、この学校で知らない人なんていないけどね。
「これから一ヶ月、よろしくね。あたし英語、壊滅的にだめだから」
「今までのテスト、ほぼ赤点なんだって?」
……よくご存知で。
先生、いいやがったな。
からから笑いながら言われるとやっぱり恥ずかしくて先生を恨む。
「じゃあ徹底的にしごくから」
天使の笑みのまま。
その子守歌ボイスは突然風向きが変わった。
……あれ?
さっきまでとの愛想のいい感じと違う涼村くん。
「お、おてやわらかにお願いしたい、な」
「うん。でも、一ヶ月しかないわけだし。それに、焼肉も食べたいし」
……ん?
あのー、今なにかいいましたか?
「やきにく?」
聞き返したあたしに、さっきの愛想のいい笑みをする。
「そ。あんたが英語八十点以上とったら、焼肉なの。だから死に物狂いでがんばれ」
「それはちょっと無謀だと……」
「無謀でもやるんだよ。なんのために、一ヶ月教えてやると思ってる」
なんか性格違いませんか?
さっきと変わってませんか?
「涼村くんのご親切じゃ……」
「そんなに優しい人間なんて、そうそういるかよ。いたとしたらそいつは……」
瞬きをして、あたしの瞳をのぞきこむ。
吸い込まれそうな切れ長の瞳に、一瞬胸が高鳴った。
「相当のバカか、教える相手が好きか、どっちかだろ」
「あの、もしかして二重人格ですか?」
あたしの問いに、涼村くんはのどの奥で笑った。
「二重人格? 世渡り上手っていってほしいな」
……やっぱり苦手だこの人。
これからの一ヶ月を考えると、先がやられそうだった。