中学生も3年になると修学旅行が問題になってくる。 ぼくもいろいろ考えたよ。
それで決まったのは出雲大社に詣でて、宍道湖を眺め、鳥取砂丘で砂まみれになって帰ってくるっていう超地味なルートだった。
誰が考え出したんだろうねえ?
まずディーゼル特急 松風に乗って出雲市へ行きます。 駅を降りたら出雲阿国の墓参り。
出雲阿国と言えば歌舞伎の原型を作った女性ですね。
んで出雲大社に詣でまして、旅館で一休み。 ところがですよ、同級生たちはここで焼き鳥を買ってもらってたんですねえ。
それが後でばれましてお目玉を食らったんだとか、、、。 ぼくは寝てました。「泣き」
次の日は宍道湖をめぐってから砂丘へ行きます。 砂まみれになって遊んでから岡山へ行きます。
そして新幹線に乗って福岡へ帰ったわけです。 うーん、意味が有ったのかな?
そしてぼくらは高校生になるわけです。 虐めらしい虐めは収まってきたように見えますが、、、。
それでもね、まだまだ上靴に画鋲を刺したり椅子に画鋲を置いたりするやつが居まして、、、。
それはその後もずーーーーーーーーっと続くんです。 やってるやつは分かってました。
たぶんあいつ。 ずっとぼくとはライバルだったやつです。
高校生になるとクラスが二つに別れます。 普通課と保健理療課です。
保健理療課っていうのはマッサージを勉強する課ですね。
さらに普通課には外部の中学校から女の子が入ってきました。 珍しかったですねえ。
卒業する頃、話を聞いたら「私ね、盲学校なんて通いたくはなかった。」って言ってたけど、、、。
教科も少し変わってきましたね。 ぼくが気になったのは古典かな。
現代小説よりは古典のほうが好きだから。 それでね、担任と現代語訳を張り合ってました。
おっと、ここで忘れてはいけないことを書いておきます。 実はね、中3の時、1年だけ盲学校に通った女の子たちが居るんです。
それは同じ施設で暮らしていた精神障害児の子たち。 「中3だけ学校に通って義務教育を形だけ終わったことにしよう。」っていうわけね。
その中に小島由美という女の子が居ました。 普段は目立たない子です。
でも何か有ると大声を出したり手を叩いたりします。 そのたびに職員には怒られ、先輩男子には「うるせえ! 黙れ!」って怒鳴られ叩かれてました。
ぼくらと一緒にマイクロバスで通ってたんですけど、その中でもやっぱり大声を出したりするんですね。 それでいつも叩かれてました。
それをじっと見ながらぼくは考えました。 (なんか違うんだよな。)って。
それで隣に座った時、思い切って手を握った。 掌を撫でてみた。
そしたら騒いでた由美がおとなしくなったんだ。 (これだったんだな。)って思えた。
叱るのもいいけれど叩くのもいいけれど、それは恐怖しか与えない。 余計に精神障害児を刺激してしまう。
なぜ声を出すんですか? 寂しいからだよ。
なぜ手を叩いたりするんですか? 自分を知ってほしいからだよ。
もちろん、その対応が全ての人に当て嵌まるわけじゃない。 当て嵌まらない人のほうが圧倒的に多いかもしれない。
でもね、精神障害児が誰でも危険だと思い込むのは間違いだ。 ぼくはそう思う。
形だけ義務教育を終わった由美たちはまたまた学校には来なくなった。 寂しかったね。
もちろん、施設に居ても一緒に遊んだりすることは無い。 会わなくなったんだ。
入浴や食事の誘導で見掛けることは有ったけど、、、。
そんな由美と再会したのは2年後。 日曜日の午後だった。
その日、若い職員が先導して由美たちを風呂へ誘導していた。 ぼくらは居室で遊んでいた。
そのうちに友達が職員と話し始めた。 「風呂に行ってんの?」
「そうそう。 これからね、由美たちとお風呂。」 職員は居室の窓越しにぼくを見付けた。
「ねえねえ、由美が居るからさあ、北村君も来てよ。」 職員の一人 大沢裕子がぼくに声を掛けた。
そしてぼくが開いている窓から手を出すと、、、。 その手を捕まえた由美が思い切り引っ張った。
「うわーーーーー!」 油断してたからぼくは窓から廊下へ転がり落ちてしまった。
職員も友達もそんなぼくを見て大爆笑である。 そこへ、、、、。
「あんたたちはここで何をしてんの?」と年輩の職員が怪訝そうな顔で聞いてきた。
裕子が経緯を話しているとその職員は由美に向かった。 「あんたはとぼけなさんなよ! なんばしよるとか!」
そう言って由美を激しく叩き始めた。 ぼくらはそれを見ながら凍り付いてしまった。
まあね、裕子が「あんまりに仲がいいからお風呂まで北村君にも来てもらおうと思って、、、。」って言ったから激しく反応したんだけどな。
一緒に入るとでも思ったのかなあ? 真意は分からない。
でも精神障害児だよ 相手は。 由美がぼくを誘っているように思ったのかな?
いずれにしてもこの事件は衝撃的だった。 だからなのか、ぼくも若い職員も翌三月に施設を去ったのである。
以来、40年余り、由美のことを忘れたことは無い。 それほどに印象深い女の子だった。
目立たないしそう会うことも無いし一緒に遊ぶことすら無かったけど。
50を過ぎた今、もしも生きているならもう一度会いたい。 傍で暮らしてもいい。
この人生の中で本当に忘れられない女性だから。
高校生になりますとこれがまた大変でしたねえ。 英語とか数学はほとんど進まなくて、、、。
「あんたたち、本気で勉強する気が有るのか?」って教科担任に怒鳴られたくらい、、、。
『学校一問題のクラス』ってレッテルを貼られたくらいだ。 嫌だったなあ。
でもね、3年になりますとぼくも学園から寮に移りました。 何か変わったかな?と思ったけど何も変わらなかったね。
その初日、ぼくは妙な夢を見た。 大きなビルの上から女の子が落ちてくる夢。
まさか、それが正夢になろうとは、、、。 そう、アイドルの岡田有希子が飛び降りたんだ。
その夢の話を聞いた先輩は大声で笑い飛ばした。 「そんなことが有るものか。」ってね。
始業式を済ませて帰って来てニュースを聞いていたら、、、。 「飛び降りました。」なんて言うから本当に驚いたよ。
ワイドショーは何処も事務所前からの中継だった。 まだまだ血が流れている現場で、、、。
裏にはものすごい話が隠れている。 芸能界有る有るな話がね。
それから30年が経った今、まことしやかにネットで流れてたのが岡田有希子生まれ変わり説。
ホテルから飛び降りた神田沙也加が岡田有希子の生まれ変わりだって言う話。 そりゃね、両方とも飛び降りだし、人気絶頂の中でのことだし、煮ているポイントは多いかもしれない。
でも似た者同士だからと言って生まれ変わりかと言えばそれは分からない。 はた迷惑な話かもしれない。
YouTubeでも時々、「この子とお話ししました。」なんていう動画が上がっているのを見るけれど、聞いたからと言ってそれが全て真実かと言えば疑わしいことも多い。
心霊好きな人なら喜んで見るだろうなあ。 その程度の物だとぼくは思う。
岡田有希子が飛び降りたのはぼくが3年の春だった。 前月の予選会で同級生が岡田有希子の歌を歌ってたんだよね。
信じられなかったな、あの飛び降りは。
それで決まったのは出雲大社に詣でて、宍道湖を眺め、鳥取砂丘で砂まみれになって帰ってくるっていう超地味なルートだった。
誰が考え出したんだろうねえ?
まずディーゼル特急 松風に乗って出雲市へ行きます。 駅を降りたら出雲阿国の墓参り。
出雲阿国と言えば歌舞伎の原型を作った女性ですね。
んで出雲大社に詣でまして、旅館で一休み。 ところがですよ、同級生たちはここで焼き鳥を買ってもらってたんですねえ。
それが後でばれましてお目玉を食らったんだとか、、、。 ぼくは寝てました。「泣き」
次の日は宍道湖をめぐってから砂丘へ行きます。 砂まみれになって遊んでから岡山へ行きます。
そして新幹線に乗って福岡へ帰ったわけです。 うーん、意味が有ったのかな?
そしてぼくらは高校生になるわけです。 虐めらしい虐めは収まってきたように見えますが、、、。
それでもね、まだまだ上靴に画鋲を刺したり椅子に画鋲を置いたりするやつが居まして、、、。
それはその後もずーーーーーーーーっと続くんです。 やってるやつは分かってました。
たぶんあいつ。 ずっとぼくとはライバルだったやつです。
高校生になるとクラスが二つに別れます。 普通課と保健理療課です。
保健理療課っていうのはマッサージを勉強する課ですね。
さらに普通課には外部の中学校から女の子が入ってきました。 珍しかったですねえ。
卒業する頃、話を聞いたら「私ね、盲学校なんて通いたくはなかった。」って言ってたけど、、、。
教科も少し変わってきましたね。 ぼくが気になったのは古典かな。
現代小説よりは古典のほうが好きだから。 それでね、担任と現代語訳を張り合ってました。
おっと、ここで忘れてはいけないことを書いておきます。 実はね、中3の時、1年だけ盲学校に通った女の子たちが居るんです。
それは同じ施設で暮らしていた精神障害児の子たち。 「中3だけ学校に通って義務教育を形だけ終わったことにしよう。」っていうわけね。
その中に小島由美という女の子が居ました。 普段は目立たない子です。
でも何か有ると大声を出したり手を叩いたりします。 そのたびに職員には怒られ、先輩男子には「うるせえ! 黙れ!」って怒鳴られ叩かれてました。
ぼくらと一緒にマイクロバスで通ってたんですけど、その中でもやっぱり大声を出したりするんですね。 それでいつも叩かれてました。
それをじっと見ながらぼくは考えました。 (なんか違うんだよな。)って。
それで隣に座った時、思い切って手を握った。 掌を撫でてみた。
そしたら騒いでた由美がおとなしくなったんだ。 (これだったんだな。)って思えた。
叱るのもいいけれど叩くのもいいけれど、それは恐怖しか与えない。 余計に精神障害児を刺激してしまう。
なぜ声を出すんですか? 寂しいからだよ。
なぜ手を叩いたりするんですか? 自分を知ってほしいからだよ。
もちろん、その対応が全ての人に当て嵌まるわけじゃない。 当て嵌まらない人のほうが圧倒的に多いかもしれない。
でもね、精神障害児が誰でも危険だと思い込むのは間違いだ。 ぼくはそう思う。
形だけ義務教育を終わった由美たちはまたまた学校には来なくなった。 寂しかったね。
もちろん、施設に居ても一緒に遊んだりすることは無い。 会わなくなったんだ。
入浴や食事の誘導で見掛けることは有ったけど、、、。
そんな由美と再会したのは2年後。 日曜日の午後だった。
その日、若い職員が先導して由美たちを風呂へ誘導していた。 ぼくらは居室で遊んでいた。
そのうちに友達が職員と話し始めた。 「風呂に行ってんの?」
「そうそう。 これからね、由美たちとお風呂。」 職員は居室の窓越しにぼくを見付けた。
「ねえねえ、由美が居るからさあ、北村君も来てよ。」 職員の一人 大沢裕子がぼくに声を掛けた。
そしてぼくが開いている窓から手を出すと、、、。 その手を捕まえた由美が思い切り引っ張った。
「うわーーーーー!」 油断してたからぼくは窓から廊下へ転がり落ちてしまった。
職員も友達もそんなぼくを見て大爆笑である。 そこへ、、、、。
「あんたたちはここで何をしてんの?」と年輩の職員が怪訝そうな顔で聞いてきた。
裕子が経緯を話しているとその職員は由美に向かった。 「あんたはとぼけなさんなよ! なんばしよるとか!」
そう言って由美を激しく叩き始めた。 ぼくらはそれを見ながら凍り付いてしまった。
まあね、裕子が「あんまりに仲がいいからお風呂まで北村君にも来てもらおうと思って、、、。」って言ったから激しく反応したんだけどな。
一緒に入るとでも思ったのかなあ? 真意は分からない。
でも精神障害児だよ 相手は。 由美がぼくを誘っているように思ったのかな?
いずれにしてもこの事件は衝撃的だった。 だからなのか、ぼくも若い職員も翌三月に施設を去ったのである。
以来、40年余り、由美のことを忘れたことは無い。 それほどに印象深い女の子だった。
目立たないしそう会うことも無いし一緒に遊ぶことすら無かったけど。
50を過ぎた今、もしも生きているならもう一度会いたい。 傍で暮らしてもいい。
この人生の中で本当に忘れられない女性だから。
高校生になりますとこれがまた大変でしたねえ。 英語とか数学はほとんど進まなくて、、、。
「あんたたち、本気で勉強する気が有るのか?」って教科担任に怒鳴られたくらい、、、。
『学校一問題のクラス』ってレッテルを貼られたくらいだ。 嫌だったなあ。
でもね、3年になりますとぼくも学園から寮に移りました。 何か変わったかな?と思ったけど何も変わらなかったね。
その初日、ぼくは妙な夢を見た。 大きなビルの上から女の子が落ちてくる夢。
まさか、それが正夢になろうとは、、、。 そう、アイドルの岡田有希子が飛び降りたんだ。
その夢の話を聞いた先輩は大声で笑い飛ばした。 「そんなことが有るものか。」ってね。
始業式を済ませて帰って来てニュースを聞いていたら、、、。 「飛び降りました。」なんて言うから本当に驚いたよ。
ワイドショーは何処も事務所前からの中継だった。 まだまだ血が流れている現場で、、、。
裏にはものすごい話が隠れている。 芸能界有る有るな話がね。
それから30年が経った今、まことしやかにネットで流れてたのが岡田有希子生まれ変わり説。
ホテルから飛び降りた神田沙也加が岡田有希子の生まれ変わりだって言う話。 そりゃね、両方とも飛び降りだし、人気絶頂の中でのことだし、煮ているポイントは多いかもしれない。
でも似た者同士だからと言って生まれ変わりかと言えばそれは分からない。 はた迷惑な話かもしれない。
YouTubeでも時々、「この子とお話ししました。」なんていう動画が上がっているのを見るけれど、聞いたからと言ってそれが全て真実かと言えば疑わしいことも多い。
心霊好きな人なら喜んで見るだろうなあ。 その程度の物だとぼくは思う。
岡田有希子が飛び降りたのはぼくが3年の春だった。 前月の予選会で同級生が岡田有希子の歌を歌ってたんだよね。
信じられなかったな、あの飛び降りは。


