そこは甘く優しい世界

「だからさっき、本当に吃驚したんだ。遠目に小春ちゃんのこと見付けて、もしかしてあの子かなって」
「……ご迷惑を」
「いいよ、俺が何も考えずに駆け寄っただけだから。こうして助けられて──」

 奏斗は瞼を伏せた。

「話が聞けて良かった」

 彼のゆるく持ち上がった口角をじっと見詰めて、小春はグラスをコースターの上に置く。

 椅子ごと奏斗の隣へ移動した小春は、不思議そうにこちらを見る彼に、おずおずとお願いしてみた。

「奏斗さん、キスしてくれませんか」
「…………へ!?」

 二度見どころか三度見をかました奏斗に、小春は羞恥と申し訳無さを押し殺しつつ捲し立てた。

「本当は今日、シャワーを浴びたかったんですけど、それはもういいんです。痴漢よりも大雅さんに舌入れられたことの方が気持ち悪かったから、あっ、すみません、これじゃ奏斗さんがシャワーと同列になっちゃう。そうじゃなくてあの、」

 おしぼりでゴシゴシと唇を拭う。

「……素敵な人に、キスしてもらいたくて」

 こんなときにこんなお願いをするなんて、引かれてしまうだろうか。小春が涙を浮かべて恐る恐る奏斗を窺ってみれば、彼は真っ赤な顔を手で覆ってしまっていた。

「待って……俺さっき一目惚れしたって言ったよね」
「はい」
「それでこんなこと言うの?」
「付け入るような形になってしまってごめんなさい。でも本当にその……奏斗さんが嫌じゃなければ、ぜひお願いしたいです」