そこは甘く優しい世界

 下宿先のアパートを飛び出したとき、外は日が落ちていて、また雨が降っていた。昼と比べて小降りではあったけど、傘を持たない小春の体温を奪うには十分な冷たさだった。

 住宅街を抜けて大通りへと出れば、ぼやけた街並みがそこにある。チカチカと点滅する看板の下をくぐって、駐車場の前を通過すると、地元にもあったファミレスのチェーン店が見えた。

 幼い頃、父がよく連れてきてくれた店だ。母が友人と食事をしに出掛けた日は、いつもここだった。

 母はこの店を安っぽいと言って嫌がっていたが、小春は父と二人でオムライスを食べるのが大好きだった。

『小春、何にする?』
『んーとね、こはる、オムライスがいい』
『分かった』

 毎回オムライスしか頼まない小春に、父は必ず希望を聞いてくれた。

 そのときのことを不意に思い出して、小春は雨の中、道路脇で泣きながら蹲ってしまった。

『あの』

 しばらく泣き続けた後、頭上に黒い傘が差される。

 涙と雨でぐちゃぐちゃになった顔を上げてみると、そこには戸惑いを露わにした奏斗がいた。

『大丈夫……? 警察とか呼ぶ?』

 彼の第一声がそれだったのは、小春が何の荷物も持っていなかったこと、それから衣服が少しばかり乱れていたことが原因だろう。

 泣き腫らした目でぼうっと彼を見上げていれば、いよいよ慌ただしくスマホを取り出そうとして、考え込むように動きを止める。

『あ、いや……先にどっか雨宿りした方がいいか。そこのファミレス入ろう。立てる?』

 そうして差し出された手が、あまりにも温かくて、嬉しくて。

『助けてください……』

 気付けば彼の手をぎゅうと握って、嗚咽混じりに懇願していた。