そこは甘く優しい世界

 キン、と耳鳴りがした。

 あのとき、こんなにも大声が出せたのかと自分で驚いたことを覚えている。

 ボロボロと涙を溢れさせながら叫び、がむしゃらに抵抗した。大雅の頬を爪で引っ掻いて、股間を蹴り飛ばした辺りで、ようやく彼は小春の様子がおかしいことに気付いたようだった。

「あの人、自分がこんなに嫌われてると思ってなかったんですよ。嫌がってるのは照れ隠しだと思ってたみたいで。私に拒絶されてショック受けてやがんの」

 そんな馬鹿みたいな姿を眺めていたいはずもなく、小春はアパートを飛び出した。

 結局、シャワーは浴びられなかった。



「……すみません。長々と」

 少し冷静さを取り戻した小春が謝れば、神妙な面持ちで耳を傾けていた奏斗がかぶりを振った。

「誰かに吐き出すべきでしょ、そんな酷いこと」
「……友達に話しても、私も束縛とかされてみたいとか、お金持ちの幼馴染で良いじゃんとか、言われてしまって」
「真面目に聞いてもらえなかった?」

 小春は暫しの間を置いて、首肯する。

 家族だけでなく友人ともロクにコミュニケーションが取れないことを暴露してしまった。

 小春が恥ずかしい気分でアイスティーの氷をがりがり噛んでいると、一方の奏斗も汚れたハンカチを手持ち無沙汰に畳んで言った。

「小春ちゃん……はだいぶ馴れ馴れしいな。小春さん?」
「……ちゃんで良いです」

 馴れ馴れしいのは仲も良くないのに勝手に「小春」と呼び捨てにしてきた大雅だ。

 思慮深くて優しい性格の奏斗になら、「小春」でも「小春ちゃん」でも何とでも呼んでくれて構わな……。

「じゃあ、小春ちゃん」
「……」

 いけない、これは照れる。