「……杏奈」

「ひ、ひゃいっ」


温かいその声が真綿のように耳を包んだ。裏腹に、私の裏返った声は倉庫に響いた。


「杏奈はかわいいね。思わずイジワルしたくなるし、愛でてあげたくなる」

「めっめでる!?」


「うん、だから他の男にはそんな表情(かお)見せちゃダメだよ。俺だけに全部見せて」


先輩は撫でていた手を止めて、私の前髪をかき分ける。何事かと恐る恐る顔を上げた。パチリと視線が合い、彼の目が細く笑った。


「またね、杏奈」


返事をする間もなく元々近かった先輩の綺麗な顔が近づいてくる。そして額に柔らかなものが触れた。


これって一体どういう状況……!!?

私の額に、せ、先輩の唇が!!


再び見えた先輩は口角を上げ、私の頭を今一度撫でた後、倉庫から出ていった。


湯気が出てるんじゃ、ってほどショート寸前の頭を抱えてズルズルとその場に座り込んだ。


先輩の名前聞きそびれた上に、唇同士じゃないとはいえキスを……。

目立たずひっそり過ごす私の目標、どうなっちゃうの!!?